第15話 コインランドリー

トミイを駅まで送り、レンタカーも返却した後に俺は自宅近くのコインランドリーに立ち寄った。残念なことに汗染みや臭いまではアイテム空間に収容できなかったからだ、また悪魔の嘘がひとつ判明したようである。なにが汚物は全てアイテムだ。ここの蛍光灯はいつきても薄暗い、天井に4つ設置されているが内3つはそもそも発光しない、誰も取り換えるものがいないのだろうか。だがそれが逆に落ち着く。ぐるぐると回る、洗濯物をただ意味もなく見つめるこの時間が案外好きだ。特に決まりなどはないのだが、使用者のローテーションがあるようで俺が使う時間帯には、誰も利用客が来ない為にリラックスして使用出来る。ただ洗濯物がゴウゴウと回る音に耳を傾けると、ゆったりとした時間が過ぎて行く。


「イガリは殺しておいた方が良いぜ」

「ほぉ」

「あいつはおっさんも殺すつもりだよ」

「じゃあ俺が殺されそうになったら、返り討ちにしてやってくれ」

「無理だな」

「なんでだよ、俺達の熱い友情はどこにいったんだ?」

「ねぇよそんなもん、自由意志って奴だ。おっさんがイガリを殺す気がないからアマエチャンも手が出せねぇのさ」

「悪魔の自由意思はどうした」

「そんなもんがあったらニンゲンなんて頼りにしないね」

「まぁそうだろうな」


俺とあいつは似ては居るが別物だ、悪を決して許しはしない正義のヒーローか。悪魔が居る世界にはずいぶんと歪んだセイギノミカタが存在しているらしい。俺は正義に憧れてはいるがそんなもんになれるとは思っていない、だがイガリは違うのだろう。本心から思っている。そうでなくては魔法も使えないただの人間があんな処理施設等用意はしようとは思いもしないだろう。


「あいつのなんでも使うっていう理念は好きなんだけどなぁ」

「利用されるだけされてポイだよ」

「どうしてわかるんだよ、まだ分からないだろ」

「アマエチャンは悪魔だからな、ヒトの心が分かるのさ」

「今の俺のキモチは?」

「パイナップルを喰いたいと思ってる」

「ハズレだ、今の気分は天丼だね」

「実際に見えるのはタマシイの色だけだ、これは本当だぜ。おっさんもわかってるとは思うけどイガリは自分が善人であると本気で信じている。そういうのは白く輝いて見えるんだわ、自身のイメージってのはタマシイに根付くもんなんだぜ。思い込みってのは案外馬鹿にできないもんさ」

「俺も悪魔だがなんも分からなかったぞ」

「生まれついての悪魔じゃないからな、あんたは悪魔になったばかりだし選定者だ」

「ちなみに俺のタマシイの色ってのはどんなもんだ、ピッカピカの金色に輝いてるか?」

「灰色だ、中間色って奴だな。光沢なんてもんは微塵もないね。ドロッとしてる」

「地味すぎる」

「あんたの色とは絶望的に相性が悪いよ、愉快そうに会話してみえたのは営業トークって奴さ」

「知ってるよ、人間の大人っていうのはみんなそういうもんだ」

「泣いてんのか?」

「ああ、俺は感情豊かだからな、泣きたいときは存分に泣く」

「能面みたいな顔してんぞ」


スマホでYouTubeの動画を見始めると悪魔も隣に寄り添い画面を一緒に見始める。


「なにを見るんだー?」

「サムライソードの使い方を勉強しようと思ってね」

「そんなのすぐぶっ壊れるぞ」


画面内で70歳を超えているであろう着物姿の老人が上段で刀を構え、袈裟斬りで容易く巻藁まきわらを寸断し、次々に画面外へとすっとんでいく様を眺めた。所作によどみが無い、何百日と訓練を積んだ動きなのだろう。画面が変わり、続いて居合の構えへと移った。左指で口火を切り、真横へと軽く振る、たったそれだけで藁束が崩れ落ちる。切断面も美しい。その動作から俺が正面から戦っても勝ち目はないように思える、経験の差というのがここまで出るか。


「俺も子供の頃から剣道やっておけばよかったなぁ」

「実戦じゃ槍と弓の方が強いって歴史が証明してるんだぜ」

「異世界じゃカッコよさの方が重要なんじゃねーか? 魔法の力で斬撃とか地平線の向こう側まで飛ばせるだろ」

「おっさんは異世界いけねーし」

「現実は厳しいね」


スマホの電源ボタンを落とすと立ち上がり、空間を停止させてからアイテム空間からニホントウを取り出し見様見真似で口火を切り居合の構えで振ってみるとドラム洗濯機に当たりはじかれた。年甲斐もなくテンションがあがり障害物の存在をまったく考慮していなかった、こんなクソ狭い場所でカタナを振るのは当然よろしくないと思いもしないとは、肉体が疲労しなくなっても精神は摩耗まもうしているらしい。


「あーあ、いまのでそのカタナちょっと欠けたぞ」

「まじ?」

「そのうえ馬鹿力で叩くもんだから曲がったな」

「そんな……」


傷一つなかった綺麗な刀身は今やたしかに欠けていたし鞘に戻そうとしても入りきらない、途中で止まってしまう。ヤクザに長い間愛でられてきたであろう新品のカタナが、たったの一振りで傷物になってしまった。


「人生はこのカタナと同じようなもんだ」

「急に語り出したな」

「ちょっとした思い付きで、なにもかも台無しになっちまう」


鞘に入らなくなった曲がって欠けたカタナと鞘をアイテム空間へと放り込んだ。もはやゴミ当然、俺は侍にはなれない。冷静に考えたら仕官もしていないのに刀を振り回していたらアホみたいじゃないか。コインランドリーで一体なにをしているんだ俺は、と思いながら椅子に腰を落とした。


「そういうもんだろ」

「悪魔に分かるのか」

「悪魔と人間は表裏一体の存在だぜ、人間さんの欲もくだらん末路もよく知ってるけどな、やりなおせばいいだけじゃあないかそんなもん」

「時間を巻き戻す魔法が?」

「それは異世界転生者にも悪魔にも滅多に身につかないきびしー能力だな」

「じゃあなんなんだ」

「ただいつもどうり、普段通りに過ごせってだけさ」

「悪魔は気が長いな」

「おう! 寿命がなげーからな!」

「……さっきのは嘘だ、本当は天丼は食いたくない、もう考えただけで油っぽ過ぎて胃もたれする。俺はさわやかなパイナップルが食べたいんだ」

「嘘をつくなんてまるで悪魔みたいだぜ」

「悪魔だからな」


コインランドリーのガラスドアがキイィと音を立て開かれたのに気が付いた。こんな時間に珍しい。入ってきたのはつり目のしわくちゃ老婆だった、気をつけろ経験上確実にろくでもない相手だ。人は顔ではないとは言うが性格は如実に反映されるものだ。


「あら、こんな時間に人が居たの」


俺は無視した。


「最近の人は挨拶もできないのねぇ」


一方通行の会話しかできない奴を俺は相手にしない事にしている。というかこのババアも俺に挨拶などしていない、理屈の通じない存在だ。すでにババア特有の上下関係を確かめる為の会話のマウントバトルが開始されているようではあるが完全に無視を決め込むと決めた、精神衛生上それがいい。


「よくみたらおじさんだったわ~、暗いから分からなかったわ」


ババアが俺の顔を覗き込んでくる、見知らぬ他人の顔を覗き込むという行為はかなりおぞましく狂気的だ。


「いい歳してるんだから、ちゃんとしないとダメよぉ」

「おっさん、こいつねじるか?」


無言で軽く首を横に振った。気にくわないからといって殺していてはキリがない。世の中には気にくわないものばかりだが、我慢をしなければならないのが大人の世渡りの在り方であり……。


「それって髪型なの? 見苦しいからどうにかしないと社会でやっていけないわよ」


ババアを睨みつけるがババアは気分を害したように口を曲げて言った。


「なによ、そんな眼でみて。本当のことを言われて気分悪いの? おかしいんじゃないの」


時間を止め、ババアの頬に拳をめり込ませた。



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