第14話 焼却炉

「そのまま入って適当な場所に停めて構いません」


言われるままに適当なスペースに停め、俺達も車から降りる。入口のすぐ近くにはフォークリフトが一台置かれていてパッと見はどこにでもありそうな町工場といった感じなのだが敷地内は一部が土になっていて何故か畑まであり、そこには大根と白菜が植えられていた。俺が畑をじっと見ているのに気が付いたイガリが近づいてきた。


「家庭菜園です、一人で工場経営などは出来ないので趣味でこれをやってます」

「あっ、わたしどっちも好きな野菜」

「帰りに持って行ってください、収穫量が多くて食べきれないので毎回近所の方にも配っているんですよ」

「野菜とかいらねー、肉が欲しいぜ」

「調理器具も冷蔵庫もないから俺は遠慮しておくよ」

「そうですか、焼却炉はこちらです」


イガリがシャッターを開け中に入って行く、俺達もその後に続き中に入るとすぐに大型の焼却炉が一基見えた、焼却炉からは天井の外にまで繋がる煙突が見える。それが俺にはとてつもなく巨大な宝箱と船を導く灯台に見えた。なかには何が詰まっているのかと興味をそそられる。まぁカラだというのは分かっている、宝物はこれから詰めるのだから。人間五人位ならばなんなく入りオマケにハト百匹も余裕でいけそうだった。それ以外は折り畳みテーブルとパイプ椅子がいくつか点在しているだけの広くガランとした部屋は、俺の部屋にどことなく似ていた。


「普段はここまで車を入れてシャッターを閉じています、そうすれば死体を焼却炉に入れる所を見られませんからね。ちゃんと届け出も行ってますよ。まぁ内容に関しては嘘だらけですがね。どこの経営もそんなものです、調べる側も適当に済ませるので問題はなにもありません」

「イガリは知能犯だなぁ」

「いえいえ、ではどうぞ」


操作盤のボタンが押され、地獄へと繋がる蓋がゆっくりと開かれていくとそこには闇が広がっていた。霊的なものは信じていないが人は最後を迎えた場所に囚われると聞いたことがある、最後とは死を迎えた場所だろうかそれとも肉体が無くなるまであった場所か? じゃあ、火葬場は幽霊で満員なのかもしれないのか。まぁどうでもいい、俺が念じると視界の先が歪み、陥没した頭部から血を垂れ流すアロハヤクザの死体と目が一瞬合った、それは頭の方から出て来て焼却炉の底にゴンッと音を立てて滑り落ちる。死体を順番に滑り込ませる。ヤクザ達がテトリスみたいに落ちていくついでに山で回収した遺留物とゲロも落とした。


「これは改造してあるのでヤクザ五人なら一時間もかかりません。その間に悪魔の話を聞かせてくれませんか?」

「悪魔のヒミツを他人に聞かせても構わないのか」


俺は赤い悪魔の方を見た。


「いいぜ、好きに話しなよ」

「変わってるな、こういうのは絶対話せないもんだろ」

「悪魔の話を信じるのは異常者だけだからな」

「たしかになぁ、あぁ良いってよ。悪魔のお墨付きが出た」

「すばらしい! お菓子と飲み物も用意したのでゆっくり出来ますよ」


飲食物がテーブルに広げられると悪魔たちが我先にと選び、菓子袋は勝手に封が切られて貪られ、ジュース類は一瞬で飲みつくされる。


「ぶはぁーうめぇ!」

「うまいの」

「おぉ、悪魔のお二人が飲食を?」

「貢物になってしまったようだな」


悪魔が手を付けない缶のブラックコーヒーを飲みながら、死体が燃やされる間に俺は今まで起きた事をおおまかに話した。イガリは俺の話す内容全てに大いに関心を示し、会社が潰れ無職になった俺に同情もした。


「非常に面白いお話でした。悪魔はいきものであると」

「コウテンにも熱はあるだろ」

「えっええ。そうですね、たしかに。でもイノチがあるなんて風に考えたことありませんでしたよ」

「ひどいの」

「あっごめん、ごめんね」

「別次元の生命体なんですかねぇ、昔のSF小説にもそういうのがありましたよ」

「すべては異世界の存在を証明している、魔法もあの世も悪魔も転生も現実として存在しているんだ、いやぁ言葉にしてみるとまったく現実味が無いな」

「本屋に行けば専用のコーナーがあるくらい人気があるのは知ってますが、異世界転生ファンタジーという概念は割と最近のジャンルなのでしょう?」


「うーんそうだなぁ、古典とは言い難いかもしれない。俺の感覚からすれば大分古いが、イガリからすればぜんぜん新参だろうな。トミイはどんなのが好きなんだ」

「わっわたしは、やっぱり、恋愛物とか……です。うん、そう、お姫様に転生系統ですねぇ。悪役令嬢ものもベターですけど純粋な恋愛ファンタジーの方が好きで、イケメン王子と恋に落ちるっていうのは永遠の鉄板ですし、他の王子たちが主人公を奪い合う展開は毎回身もだえします、王子に守ってもらうだけじゃなくてこっちが助けて、お互いに意識しあってグヘヘ、そっからの展開はまぁお馴染み」

「トミイの話は長いしまとまりがないから全部聞くのは止めた方が良いの」

「じゃあここまでにするか」

「えー! ちゃんと聞いてくださいよ!」

「……転生、ですか。思想の一つとしては理解は出来ますが、実際にあったとは驚きを隠せません。しかしこうして目の前に見えない悪魔が存在している」


クッキーの包装が破かれ、悪魔の胃袋へと消えていく様をイガリは観察しながらも消えていくチョコクッキーのあたりに手を伸ばす、丁度そのあたりに赤い悪魔の顔面があるはずなのだが触れようとした指は空を切った。悪魔が避けたわけではない、初めからその場所には存在しない風に見えた。


「このあたりにいるんですよね?」

「ああ」

「私には、触れることができない。先程悪魔の身体に締め付けられた時でも、熱があるというのはまったくわかりませんでした」

「ただ痛かっただけか?」

「はい、死んでしまうかと思いました」


眼が笑っていない、この老人は自分の寿命がまだ尽きることが無いと確信しているらしい。やはり大層な自信家だ。


「そして一部の選ばれた黒いニンゲンだけが行くことの出来る理想郷、そこに我々はいくことができない」

「黒くなったらいけるぜー」

「アニメでも見て我慢するしかないな」

「みてみたかったですねぇ~。異世界にしかないファンタジーなお城とか」

「千葉ランドはどうだ」

「それは現実にあるやつでしょう……」

「ニンゲン一人のタマシイで世界ひとつを生成するというのは、あまり釣り合っていませんね。それとも、ニンゲンにはまだ解明されていない未知のエネルギーでもあるんでしょうか? うーんこれもSFですね」


チンッと、電子レンジの温めを知らせるような音が響いたので全員の視線がそちらへ向く。


「終わったようです、全て灰になりましたよ」


イガリは取っ手の部分を引き、俺に手招きしてみせた。むわっとした熱気が顔中に広がる。視界の先にあるのは灰ばかりで死体はもうどこにもなかった。魔法みたいだなぁと思った。


「簡単なもんだな」

「お疲れさまでした、今日はこれで解散ということにしましょう。あとの始末は私がしておきます、必要とあらばまたこちらから連絡いたしますので」

「あの事務所に送っていかなくていいのか?」

「マイカーがあります」

「外にはフォークリフトしか置いてなかったが」

「老人にも秘密の移動手段があるんですよ」


パチリと片目を瞑って俺に微笑みを見せたが、老人のウインクというのは気持ちが悪いものだ。目元のシワなのか閉じた眼なのか判別に困る。


「まぁいいけどな、じゃあ帰るかトミイ」

「はっはい」

「トミイさんどうぞ、私が丹精込めて育てた野菜です」


畑から野菜が引き抜かれ、紙袋の手提げに土塗れの大根と白菜が落とされた。


「ありがとうござます!」

「知ってましたか、灰は作物を育てる良い肥料になるんですよ」

「はぇ~そうなんですか」

「また一つ物知りになれたよ」

「ではまた近いうちに」




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