第13話 嘔吐

「残念だな、黒いニンゲンはいなかった。まぁヤクザばかり異世界に送り込んでも困るか。ニーズってもんがあるもんな、次があるさ」

「あわわわ……」


トミイを励ましたのだがガクガク震えながら隅の方で縮こまっているだけであった。これは演技だ、なかなか狡猾な奴だが騙されるなよ俺。


「ヘイ!」


目の前には真っ赤で巨大な手のひらがみえる、ハイタッチを求めているらしいのでその中心辺りに張り手をすると真夏に放置された厚いゴムタイヤみたいな感触がした。


「イェーイ! アマエチャンたちの大勝利だぜ!」

「あいつらは所詮人間だからな、悪魔のおっさんたちには敵わないんだよ」

「あんたみたいなのがいきなり現れたらヤクザでもちびると思うぜ」

「照れるね」

「えっ? もう終わったんですか。なにも見てない……」


イガリからすれば一瞬の出来事だったのだろう、きょとんとしている。


「パイナップルが食べたいな」


帰りにスーパーでカットされたものを買おう、白目を剥き頭と眼から血を垂れ流すパイナップル柄のアロハを着たヤクザを見てそう思った。だがまずは後片付けから始めよう、ヤクザ事務所に点在する死体、血、全ての残留物を吸い込む。反社会的勢力が本日だけで五人も減り、おまけにミッションクリアの報酬のニホントウも得た。誰も困らない素晴らしい日だ。


「これはすごい」


イガリは目の前で吸い込まれていく死体と殺人の証拠品を口を開けたまま眺めていてやってくる前よりもクリーンになったヤクザの事務所を見て感嘆の声を漏らした。


「俺の中に死体が残るんだ、それが結構気持ち悪くてな。しょうがないから山に埋めに行った」

「なるほど」

「でも毎回山に埋めに行くのも面倒だな、イガリ良い場所はないか」

「ありますよ、私が買い取った工場に焼却炉があるんでそこで燃やしましょう。私も何度か使用しましたが、問題なく使えてますよ」

「いいねぇ」

「何度も……?」

「私も最初は山に埋めに行ったんですよ、懐かしいなぁ。やっぱり思いつくことはみんな同じなんですね。でもそれだと大変だし、工事や自然災害でバレてしまう可能性がありますからちゃんとした焼却施設を購入しました。今のヒトは魔法が使えるんですから羨ましいですよ」

「苦労したんだな」

「いえいえ、それほどでも」

「おえええええ!!」


唐突にトミイが嘔吐おうとした。綺麗になったばかりの事務所に汚物が広がる。


「大丈夫か? 体調不良か?」

「だ、だいじょぶな訳ないでう……。こんなに殺して、死体だらけで」

「死体なんかどこにもないだろ」


拾い残しがあるのかと思い事務所を見回したが、残されて臭いを放つトミイのゲロ以外は綺麗なもんだった。


「死体は全部アイテム扱いで倉庫行きになったぜトミイ」

「そ、そういう意味じゃあなくて」

「この子はメンタル弱いんだから、あんまりショッキングな光景を見せたり話を聞かせたりするのはよくないのよ」

「前は大丈夫だったじゃないか、花束まで持ってきてたし」

「そーうつって奴なの」

「もうちょっと早めに教えてくれ、ところでゲロもアイテム扱いになるのか?」

「おう、モチロンなるとも。汚物全般はアイテム扱いだぜ」


俺はトミイのゲロを回収し、床は一滴の雫も残さず綺麗になった。アイテム空間が汚染される気がするが仕方あるまい。誰も居なくなったヤクザ事務所にゲロだけ落ちていたら、ミステリー事件になってしまうからな。


「あっさん、すいません……。綺麗好きなのに……」

「気にするな便所にでも流すから」

「その前に事務所に寄りましょう、報酬をお支払いいたしますよ」


ヤクザ事務所から探偵事務所へと戻り、探偵机の引き出しから手持ち金庫が取り出され、分厚い紙袋が俺に手渡された。中を開いて確認してみると百万円の札束が5つ入っていた。ネイルハンマーよりもずっと重い、これが命の重さなのだ。そして無職から小金持ちへの成り上がりだ、これで生活にただちに影響がでることはなくなり晩御飯のメニューをひとつ追加できる喜びに心も踊る。


「どうしたんだよおっさん」

「きもいの」


いや、実際に俺は踊っていた。阿波踊あわおどりだ、何故かはわからないが無言でこれをしていた。むしろこれでいいのだ、季節や場所や時間帯は関係ない、踊りたい時に踊る。それが本来の楽しむという行為ではないだろうか。


「ふぐっ、ふ……ふあはっあははっはは! ひひっひぃーひ!」


トミイが急に笑いだす、顔は鼻水や涙でめちゃくちゃだった。


「あートミイのツボに入ったみたいなの」

「今の面白いかー? アマエチャン的には20点くらいだけど」

「点数とかじゃないんだよ踊りってのはな」

「なかなかお上手ですよ、ティッシュをどうぞ」

「ずびばせん……」


俺は正気に戻り踊るのを止めた、いつまでも踊ってはいられない。祭りにも終わりはやってくるのだ。


「ひとり殺しちゃったらもう、なんにん殺してもおんなじですよね……。あっちに送らないといけないんだし……」

「その意気なの。トミイはやればできる子なの」


よく分からない内にトミイはやる気を出せるようになったらしい、良い事じゃあないか。レンタカーを運転し、そのままイガリの所有する工場へと向かうことになった。目的地まではそれなりに距離があるので、気になることを聞くことにした。


「しかし探偵なのに随分儲かってるんだな、実際の探偵なんて浮気調査とかしかやることないんだろ」

「そうですね、未解決事件の解決や、絶海の孤島にあるびれた館で真犯人を見つける機会なんてのはまずありえません。身元を調べるのが主な仕事で収入は良いとは言えませんね。サラリーマンでもやっていた方が稼ぎはいいですよ」

「じゃあこの金は……? って聞かない方がいいよな」

「ええ、そうして頂けると助かります。私は魔法などは一切使えないので足がついてしまいますから。ただまともなお金ではないのは保証しますよ」

「そりゃありがたいね」

「私は物語の中の探偵に憧れがありました、連続殺人事件を華麗に解決する姿というのは子供でも大人であっても見惚れてしまうものですから。ですがやはり物語は物語です。トリックやシナリオで読者をひきつける必要性が生まれます、そうなると無駄が多くなってしまい引き延ばされ、現実的ではなくなる」

「順番に殺すとか面倒なアリバイ工作とか用意しないで、目的の人間を集めた豪邸ごと爆破するのが一番効率がいいと思ってるよ俺は」

「おお、素晴らしい。私もです、登場人物の過去などに悩み考える必要はありません、これから殺す相手なんですからね。時間の無駄はいけません、感傷もね。ただ殺すだけこれが一番重要なんです」

「俺はチート魔法が使えなかったら殺人なんて考えもしなかったぞ、生身で決行するとはたいしたもんだな」

「時間と経験さえあれば誰でも出来ますよ」

「会話が物騒すぎですよ……」


「おっとここですよ、今鍵を開けますから少し待ってください」


停車させるとイガリが一人で車から降りていく。工場は山奥でも地下でもなく、普通に町の中にあった。入口の錆びた門は頑丈そうで鉄のチェーンが巻かれ厳重に封鎖されている。


「どうぞ、お入りください」


施錠された門が開かれる。


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