第11話 探偵


「ほ、ほ、ほんとにいくんですか?  いま苦労して死体を埋めて来たばかりなのにまた増やすんですか? やめましょうよ、警察に連絡でもしましょう……」

「必要とあらばいつでも山に戻る、殺しても埋めれば問題ない。何かを成し遂げるってのは重要な事だからなにもせずに逃げ出したくはないんだ。それに警察は役に立たない、実際俺は指名手配もされてないし捕まってもいない。まぁ捕まるつもりは毛頭ないが、たしかに異世界に行ったヤクザのタマシイは別の人生を歩み満足したがこの俺はまったく満足していないしあいつらをあんな非道に走らせた原因は取り除かなくちゃならん。俺の中の正義のタマシイが震えてるんだ、探偵を倒せってな」

「いやいや、言ってる意味が全然わからないんですが」

「こいつ狂人なの、こんなので大丈夫なの?」

「アマエチャンが選んだんだ、問題ねぇ」


事務所は貸しビルの四階にあった、窓ガラスにでかでかと事務所の名前がペイントしてある。文字の大きさは自信の表れだ、大きい文字を書く奴は態度もでかい。不遜な奴だ、やはりこのまま野放しにしておく訳にはいかない。いますぐ殺しにいかなくては。


「探偵は今にも俺のとこの社長みたく高飛びの準備をしている最中に違いない、逃げ出さない内に向かうとしよう」

「そう思うんなら黙って近づけば良かったのに……」

「宣戦布告という奴だよ」


俺は無限のスタミナを手に入れたのだ、もはや階段などおそるるに足らない。事務所へ続く階段を全力で駆け上がり、ネイルハンマーを魔法で取り出し四階の事務所の扉をノックもせずに乱暴に開く。これから死ぬ相手に必要なのは礼儀ではなく殴打だ。


「どうも初めまして、私がイガリです」


開いた扉の先で頭を下げ丁重に挨拶をしたのは初老の男だった。白髪のオールバックに白いワイシャツにサスペンダー、黒のスラックスに革靴と古いタイプの喫茶店の店長でもやっていそうな出で立ちで、部屋の中はコーヒー豆の匂いがただよっている。わざわざ俺を出迎えたのだ、高跳びの予定はないらしい。


「ヤクザ二人組に死体を埋めにさせに行ったイガリ?」

「そうなりますね」

「探偵は隠れみのでお前がヤクザの親分か」

「違います、私の本業はずっと探偵ですよ。連続殺人事件を解決に導いたことなどは一度もありませんがね」

「じゃあ、なんなんだ」

「……あなた方は何故オオワダくんとモリくんを殺したんですか」


俺の質問を無視して、イガリは逆に質問を返してきた。


「殺せたからだよ」

「わ、わたしは殺してませーん!!」

「殺せた、それだけ? 山の中で出会って偶然?」

「休日にハイキングしてたら不法投棄目的の不審者がうろついてるのを見かけたんでね、自然の破壊者は放っておけない。俺は自然崇拝者だからな。悪魔を呼び出してヤクザを押さえつけてから頭をシャベルですっとばしてやったよ」

「ふーむ……。その悪魔とやら今すぐ呼び出せるんですか」

「アマエチャン」

「あいよ」

「うっ」


赤い悪魔がとぐろを巻くとイガリの身体が固まった。あれはかなり痛い。


「ああ、これは……。実に、すばらしいっ」

「とんでもないマゾ野郎か?」

「精神的な意味かと思ったら、実際の悪魔とは驚きました……。私はね、悪人を懲らしめたいんですよ。それであのヤクザ二人を使って、世直しをしようとしていたんです。二人が山に埋めに行ったバラバラ死体は詐欺グループのリーダーでした。私が殺して……。イタタ、もうちょっと緩めてくれません? ヤクザなんていくらでも後ろめたい過去があるんでね、それをチャラにさせる代わりにと脅迫してまずは忠誠心を試そうと……」

「離れてやってくれ」

「まじか?」

「おう」


俺はイガリの拘束を解かせた。


「ありがとう、ございます。悪魔と会話が出来るんですか」

「地獄帰りの帰国子女だからな」

「地獄もあるんですか? 見学できるならしてみたいですね」

「冗談だよ、本気にするな」


イガリの奇妙な態度に困惑してしまい、俺はつい正気に戻ってしまった。この初老の男の眼は待ち望んだクリスマスプレゼントを貰った少年の様な輝きを放っている。


「オオワダくんとモリくんには、これからもっと活躍してもらうつもりだったんですがね。でもこんなに簡単に死んでしまうとは思いもしませんでした。沢山予定が詰まっていたんですが人間はやはりもろい、肉体も精神もね。いや、どちらにせよ予定の消化はあの二人には無理そうでしたね」


イガリは心底ガッカリしたかのように大きなため息を吐く、こいつは俺の同類だ。


「立ち話もなんですのでソファーへどうぞ」


そう言ってイガリが右手を向けた先には、ガラスのローテーブルを挟んで二人掛けの革のソファーが二つある。俺は言われたままに腰かけビクつきながらトミイも俺の隣に座った。


「コーヒーでよろしいですか、ブラックしかありませんが。あいにくうちは砂糖は置いてなくて」

「俺が怖くないのか?」


凶器を持った筋肉モリモリのハゲがカチコミにやってきたら普通は恐ろしいはずだが、イガリはまるで動じていない。


「こういう事態も想定はしていました、その時は説得をしようと思ってました」

「説得?」

「より強い者を使おうとね、だからあえて逃げも隠れもしていません。私の居場所も調べればすぐに追えるようになっていたでしょう。貴方みたいな人を待っていましたので」

「ひょぇ……。このお爺さんもあたまおかしい……」

「この世から悪を滅ぼしたいのです、その為なら手段は選びません。あなたにどんな過去があってもね」

「ニュースでやってる、高校生四人失踪の件の犯人は俺だ」


握ったままのネイルハンマーをガラステーブルの上に落としてみせた、ガチャンと金属とガラスのぶつかり合う音が響く。


「なんと」

「全員の頭をこいつで凹ませて、さっき山奥に埋めて来たところだ」

「そこを鉢合わせした訳ですか」

「そうだな」

「なるほど、それだけの死体が見つかっていないのも悪魔のお陰ですか」

「つまり、俺はあんたの言う所の悪な訳だが」

「まるで問題ありません。目には目を、悪には悪を、です。そのチカラを振るって私と共に働いて欲しい、悪を滅しましょう」

「給料は出るのか? 実は昨日会社が潰れて無職になってしまってね」

「目標を始末する度に百万円お支払い致します」

「ひゃ、ひゃくまん……」

「やるぞ」

「随分決断が早いですね」

「決断の速さが俺の売りなんだ、生け捕りにする必要もないんだろ」

「相手は生かしておく必要の無いクズどもですよ」

「おいおい、こんなイカレじじいに協力すんのかおっさん?」

「イカレ具合では俺も負けてないから大丈夫だ、それに金が欲しい。仕事がなくなったんだからな。それとも悪魔の契約的にダメだったりするのか」


赤い悪魔の方に目をやったが、かぶりを振って答えられた。


「んー別に全然構わないぜ」

「よし、悪魔のお墨付きがでたぞイガリ」

「ああっ! それは本当にありがとうございます! ちなみに悪魔はどのような姿をしているのでしょう? 大きくて黒くて羽が生えてるんですか」

「俺のは赤くて小さくて角が生えてる、トミイのは青い。どっちも羽はない」

「そういう姿なんですね。広く知られているのとはだいぶ違うようで……。みることはかないませんか。今もそのあたりに居るんですよね」

「イガリにはお前らは見えないのか?」




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