第10話 医者

「トレーニング後の筋肉痛くんとも永遠にオサラバか」

「寿命で死ぬまでジムでバーベル上げ続けられるぜ、とんだタフガイの誕生だ」

「そりゃいいね……。おっとトミイ」

「ひゃい!」

「悪い、俺が殺しちまった。次機会があったらゆずるからな、チームワーク!」


ハイタッチをしようとしたのだが、トミイは頭を抱えてしゃがんでしまった。


「あっあっ、ありがとうございまふ……」


それから俺は六人とバラバラ死体分の墓穴を掘った。かなりの重労働ではあったが新たなチカラのお陰かいくら土をかきだしても疲労感はまったくなく、たやすく穴は深く広がっていき地の底まで掘り進めそうだった。汗もかくにはかくのだがすぐに体が冷えていくのでもうタオルは必要なかった。しかし休憩なしで穴を掘り続けてもやはり人数分の時間はかかり、一時間ほどかけてなんとか墓穴の準備は終えることができた。


「ふぅ、こんなもんだろ」

「ごくろーさん」

「考えてみればお前ら悪魔達が穴掘ってくれたらもっと早く終わったんでは?」

「手が汚れるじゃん?」

「はたらきたくないの」

「なんて奴らだ……。もっとおっさんを労ってほしい」


個人を特定できる物品を残していく訳にはいかないから念じて死体から服と所持品を全て回収する、バラバラ死体に巻き付いたラップも回収され綺麗に全員が全裸になる。トミイの方を見るとタカギの股間を凝視してニタついていた、死体で興奮する奴は正気じゃない。


「それじゃあ最後の仕上げに移る」

「……埋めるんですね」

「その前に顎を砕く」

「ひぃ」

「歯医者で照合される可能性があるからな、面倒だが徹底的にやる」

「そんぐらいならアマエチャンが手伝ってやるよ」

「これはご親切に」

「ほいほいほいっと」


赤い悪魔は小さな両腕を成人男性一人分くらいに巨大化させ、死体の顎だけをあっという間に粉砕した。なんの労力もなさそうにやってのけた、俺の筋肉が完全に形無しだ……。なんであれ悪魔のチカラによって死体の処理は終わりを迎えた。アーメン、あんたたちの肉体は虫と植物と微生物の糧になる。死体にスコップで土を被せようとしたとき、突如俺の脳内に軽快なメロディが流れて来た。


「着信音か?」


アイテム空間から回収したばかりのヤクザスマホを取り出して確認すると一本分のアンテナが立ち、非通知の番号から電話がかかってきていたのでそれに出た。


「片付けは終わりましたか」


抑揚のない落ち着いた男の声だった。


「もうあとは埋めるだけです」

「声が変ですね?」

「慣れない山歩きで風邪ひいたみたいです、これって労災ですよね」

「……あなたは誰です」

「チッ、あんたがイガリか」

「……」

「バラバラ死体を山に不法投棄しようとしていたヤーサン二人組は俺が始末したよ」

「誰なんです」

「悪魔のおっさんだよ、今からお前も殺しにいく」


電話は切れた。


「い、いまのは……?」

「非通知だったが、死体を埋めるよう指示したボスみたいだな」

「なっなっなんで挑発するんですかあああ!」

「あいつら使いパシリにされてかわいそうだったから、カタキでもうってやろうかと思ってな。俺は今回の件で正義の心に目覚めたよ」

「そんなのほっといていいし、大体相手がどこの誰かもわからないじゃないですか。身分も住んでる場所もなにもわからないですよ……」

「案外ヤクザ同士で肩組んだ自撮り写真とか残ってるんじゃないか、そこに事件解決の糸口がありそうだ」


ロックを解除する為に二人の死体の指で確認するとスマホはオオワダの方の物だったが、写真が一枚もない。金髪の方のスマホには猫の写真とカノジョとのハメドリ写真しか入っていなかった。


「連絡先とかあったりするんじゃ……」


俺が熱心に猫のなまめかしい写真を眺めているとトミイが言った。


「いいぞワトソンくん、俺も今そうしようと思ってたんだ。どれどれ」


金髪の連絡先の一つにイガリ探偵事務所の名を見つけた、執念の捜査が身を結んだ瞬間である。


「犯人は探偵か、とんだ茶番だな」

「犯人はお前だろ」


赤い悪魔が俺を指さすので指を差し返す、他にめぼしい情報はなかった為スマホをアイテム空間に放り込み最後の仕上げに移ることにした。


「その花束の包装紙は回収する、花だけ穴に落としてくれ」

「はい……。タカギくん、応援してました。あっちの世界でも頑張ってくださいね」


トミイは持ってきた百合の花束を穴に投げ入れ、合掌する。俺は包装紙を回収して土の山を元に戻し証拠隠滅はパパッと終了。帰り道の途中、疲れ知らずになった俺の足取りは軽快だったがトミイがもう動けないと泣き出したのでコウテンが持ち抱えて俺達は車まで帰ってきた。スマホにもまともに電波が入るようになりイガリ探偵事務所の情報を集めると住所はすぐに判明した。ネット社会の恐ろしいところだ、たったこれだけの情報で頭を叩き割りにやってくるおっさんがいるのだから。


「ちょっと眠っていいか」

「あっさん疲れたんですか」

「今のおっさんは疲れ知らずの身体になってるぜ」

「もう健康ドリンクを飲む必要もない位に元気が有り余ってるけどな、夢をみたいんだよ」

「さっきのヤクザのヒトのですね」

「うむ」


背もたれを倒して眼を閉じた。


――――――――――――――――


浮いていた、やはり晴天の青空の中雲の上に立っている。上下左右の感覚もあやふやなままここが空であるということだけは分かる。平穏、安定の場所だ、出来ればずっとここに居たいがやらねばならないことがある。ヤクザのオオワダを探すために移動すると戦場がみえた、大勢の魔物と甲冑を着た兵士達が戦っている。魔物の姿は不鮮明でなんなのかが分からない、形が一定ではない。常に姿が入れ替わり、獣の形だったり、鳥の形だったり、魚の形だったりしたがそれでも漠然と魔物だというのは分かる。


兵士は魔物に槍を突き刺し、剣で切り裂き、魔法で燃やす。数は互角だが魔物は力強く、素早かった。それゆえに負傷するも者も多く担架に乗せられて簡易的なテントに運ばれていった。中まで追っていくと白衣を着たオオワダが居て兵士のねじれて真逆の方角へ向いた足に手を置いた。すると触れた個所が光を放ち脚がぐるりと回転し元の正常な形へと戻る、いわゆる治療魔法を使っているようだ。


「オオワダ先生、ありがとう! また戦いに行けるよ!」


脚が治った兵士は笑顔を見せオオワダに感謝し、再び戦場へと戻って行った。負傷者の列はずっと続いている、軽傷の者はいない、みな体のどこかに重症を負っていてそれを順番に治していく。次に首の切断された死体が届いた、看護師がこれの首と胴体に押し付けている間にオオワダが首に触れると接着面はみるみるうちに融合し蘇生した。


「生き返ったよ先生、これでまた戦える」


兵士は立ち上がり、自分の首を触りながら戦場へ駆けて行った。それに入れ替わるように木箱に収められたずいぶん大きめのミンチ肉が届いた。


「先生、お願いします」


看護師がオオワダに軽く頭を下げるとオオワダが巨大なミンチ肉にぺたぺたと素手で触る、ハンバーグを作るみたいに両手で肉をこねくりまわしている。そのうちに沸騰をしたかのように肉がぶくぶくと泡立ち始めそこから真っ赤な腕が生えてきた。腕は木箱の縁を掴み、立ち上がろうと試みているが肉の上に腕しかないので立ち上がりようがない。暴れる腕を避けて残った肉をこねる、体が出来上がる、肉をこねる、脚が出来上がる、肉をこねる、頭が出来上がる、ミンチ肉は人間の形に戻った。人間に戻ったミンチ肉はごぼごぼと血を吐き散らしながらも頭を下げ急いで甲冑を着込んで戦場へと戻った。


「ヒトを生かせる仕事っていいもんだなぁ」


オオワダは笑顔で俺の居る方角を見た。


「こんな人生があったんだな、誰かを助けて感謝されるなんてなぁ。すげー変な話なんだけどよ、治療魔法を使えるのがこの世界にオレ一人しかいないんだ。だから頼りされまくって大変だよ」


独り言を喋っている間も兵士たちの治療は続く。


「国境に不定の魔物が攻めてきてるから、選りすぐりの兵士達が国を代表してあいつらを食い止めてくれてる。休憩時間が出来たらたまに見に行くけど壮観だよな、あんなの映画でしかみたことないわ。オレは戦いには興味ないからさ見てるだけで十分だ」


オオワダがテントから外に出て胸ポケットからタバコを取り出すと、看護師は慣れた手つきで指先から火を出してタバコに着火した。


「このタバコも美味いんだ、こっちの大陸にしかない草を使ってるらしくてさ、煙を吸うだけでINT……。知性が30上がるらしいな。……この数字の概念未だに慣れねぇな」


煙が吐き出され空へと消えていく、オオワダの見つめる先では不定の魔物と兵士が戦いを続けている。


「ありがとう、こっちの世界でオレは生きている意味を見つけた」


――――――――――――――――


オオワダが屈託のない笑顔で言い、俺に向け手を振ったところで目が覚めた。車の中だったはずだが視界全体が赤かった、熱い吐息が顔にかかる、縦に長い黒の眼が俺を見つめている。赤い悪魔が俺の顔を覗き込んでいた。


「ヤクザは異世界ではどうだった~」

「医者になってたよ、ぐちゃぐちゃに潰されたひき肉から人間を作り上げることが出来るお料理チートにやりがいを感じてそうだった」

「意味があることをするってのは、素晴らしいことだよなぁ」

「……でも前回とはずいぶんと雰囲気が違ったな」

「毎回世界が違うんだ、そういうのもあるさ」

「ふぅん、じゃあ探偵を殺しに行くか」


レンタカーを走らせ、イガリ探偵事務所近くのコインパーキングに駐車した。

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