第7話 二体の悪魔

居酒屋に到着すると既に顔が赤くなった部長がテーブル席で待っていて、その席にはビール瓶が一本空いていた。先に結構飲んでいるようだ。ここは昼間のマックよりずっと騒がしい、仕事終わりは解放された気持ちになるのはわからなくもない、俺も良い夢が見れて気持ちがいい。居酒屋内は顔が赤い人間だらけではあるが黒いニンゲンはどうやら一人もいない。店員も客も普通の人間だ。


「すいません、待たせました」

「おっし来たな、何頼む」

「じゃあ俺はエビフライと焼きおにぎり、あとレモンサワー」

「おれは刺身の盛り合わせ、あとウイスキーのロックね」

「かしこまりました」


注文を受けた店員が去ってから部長に言った。


「刺身に角なんて合わんでしょう」

「いいんだよ、ここでしかやらん組み合わせなんだから。お前だっていつまでも子供みたいなつまみと酒頼みやがって」

「いやぁ、これは鉄板の組み合わせですよ」


店員を抜きにすれば、この空間にはスーツを着たおっさんしか居ないのだが無職のおっさんは俺と部長の二人だけかもしれない。


「潰れたなぁ、会社」

「潰れちゃいましたね」

「お前いきなり回れ右して帰ったって聞かされたんで心配してたんだよ」

「どうしようもないんだから、残ってもしょうがないでしょう」

「まぁーそうだけどよ、残った奴で話し合うとか……」

「意味のないことです」

「髪型はファンキーなのにクールだねぇ」

「熱いタマシイの持ち主ですよ俺は」


「お待たせしましたー」


酒とつまみが到着、軽口もそこそこに俺達はつまみを喰い酒を飲んだ。


「おれはもう再就職は無理だな、じじいでも出来るバイトでも探すよ」

「まだ働く気力があるだけ偉いですよ」

「なんかお前、生き生きとしてるな。もう就職先みつけたのか?」

「いえ、今朝から路頭に迷ったまんまです」

「そうか? 吹っ切れただけか。世の中厳しいけどまだチャンスはあるからよ」

「ええ」

「おれも若い頃はなんども失敗して……。あぁ?」

「どうしました?」

「おかしいな、食ってない切り身がずいぶん減ってる」

「……飲みすぎですよ」

「そうか、酒にも不覚を取るようになったか」


部長は良い人かもしれないが世の中には善人なんてものはいない、一般人と悪人がいるだけだ。二本しかないエビフライの一本を勝手に食う存在は間違いなく悪だ。


「おれも歳だなぁ」

「定年と思って自由に生きてみるのもきっと楽しいですよ」

「そう出来たら良かったんだけどな、まだ年金も貰えないし家族を養わないといかんからな」

「俺は独り身なんでどうにかやっていきますよ」

「今からでも遅くはないから家族を作れ」

「厳しいですね、ハゲで無職だと」

「そこをどーにかするんだよ、頑張れ。行動しないと何も変わらん、おれはお前を応援してるぞ」

「……部長は俺に優しくしてくれましたよね、なぜなんです」

「なんで、なんだろうな。おれにもよくわからん。理由なんて必要ないだろう」

「そういうもんですか」

「誰かと仲良くするのに理由を作ろうとする方が変なんだよ。子供の頃はそんなの考えなかったろ。ただ近くに居て、今日遊んだら、また明日も遊ぼうってなってそれが続いていくんだ、自然な流れで……ああ、トイレ行ってくるわ」

「どうぞ」

「ゲフッ」


赤い悪魔のゲップ音が聞こえた。


「俺のエビフライ勝手に食うんじゃねーよ」

「だって手あげていくら呼んでも、アマエチャンの注文誰も受けてくれねーし」

「部長の刺身まで食いやがって、図々しい奴だ」

「刺身なんてくってねーし」

「すぐにバレる嘘までつくとは悪魔の鑑だな、気に入った。焼きおにぎりも喰っていいぞ」

「嘘じゃねー! 魚はキライなんだよ!」


赤い悪魔はプンスカしながらも俺の渡した焼きおにぎりを猛烈な勢いで喰い始めた。


「あたしがたべたの」

「あん?」


テーブルをよたよたと這い上がってくる存在が居た。ペットボトルみたいな大きさに青い肌、頭頂部から伸びる一本角。髪みたいな部分は頭部を覆うように伸びていて片目だけが見えている。


「悪魔か、気づかなかったのか」


赤い悪魔とは対をなす青い悪魔が現れたようだ。


「まーったく気づかなかった」

「あたし透明になれるから」

「そりゃ羨ましい、ウルトラレアじゃん! 契約者は?」

「あそこ」


青い悪魔は俺の背後を指さした。一人用のテーブル席に座り、黙々と山盛りのからあげを食べているセーラー服の少女が居た。パーマヘアが肩まで伸びていて、やたらてかてかとした光沢がある。こんな酔っぱらったおっさん空間に女子高生がいたら誰かしらに絡まれてもおかしくはない程度には目立つ存在なのだが不思議な事にスーツの男しかいない空間だと思わせる位には存在感がまったく無かった。


「おい、あんた」

「ひっ」


俺が少女に近づき話しかけると少女口からかなりうわずった高い声が出た。


「えっ、いや、その、ふひひ……。すいません」

「別に因縁つけにきた訳じゃないよ、俺も同業者だ」

「おっす! アマエチャンだぜ! よろしくな!」

「コウテンなの」

「あっあっ、わたしは、トミイと申します」


トミイと名乗った少女はおしぼりで口を拭いてから立ち上がり、俺に学生証を差し出した。かなり有名な高校に通っているようだ。形式上、一応名刺を俺も渡しはしたが失業したのでもはやこの名刺に意味はなくただの紙切れにすぎない、俺は肩書を無くし社会から追放されたのだ。


「なかなか素敵なお名前で……」

「今日から無職でね」

「いや、これは、どうもすいません……」

「自分の名前も好きじゃない、だから俺はただの悪魔のおっさんだ」


背中を軽く叩かれたので、振り返ると部長が帰ってきていた。


「悪い、女房に呼ばれたからそろそろ帰るわ。勘定はしとくから」

「今日はお誘いありがとうございました」

「おうまたな、ん? おいネーチャン。そのおっさんとよろしくしてやってな」

「あっはい」

「セクハラですよ、部長」

「ちがうって! そんなんじゃないよ!」

「……部長、お互い頑張りましょうね」

「もう部長じゃないっての」


トミイはろくに面識もない部長相手にしきりに頭を下げ、俺は部長に手を振って見送った。


「こっちの席に移ってきてくれ、話をしたい」


トミイはコクコクと頷き、唐揚げの皿と伝票を持って俺のテーブルまでやってきた。


「あんたも異世界転生やってる人なんだよな?」

「は、はい、あなたは……。あくまのおっさんじゃ長いし、おっさん呼びは変だから……。あっさんでいいでうかね。どぅふ」

「すきに呼んでくれ」

「ひょーうまそー! おいトミイこのからあげ食ってもいいよな?!」

「ど、どうぞ……」

「あたしあげものキライなの」

「あとで好きなサカナ買ってあげるから、他の人から盗ったらダメだって……」

「悪魔に良心なんてないんだぜ!」

「そうなのよ」


「同業者って結構いるもんなのか? 俺は今日こっちの業界に来たもんで勝手がよくわかってないんだが」

「わたしは、一か月くらい前からで……。同じ人は初めてみましたよ。なんか赤いのが見えたんでもしかしたらと思ってコウテンに行ってもらったんだけど……」

「へぇ、じゃあ先輩だな。相当やってるんだろうな。俺なんてまだ四人だけだ」

「よ、よにんですか? 今日からですよね?」

「おう」

「わたしなんてまだ一人だけですよ」

「いや、言い方が悪かったな。俺も一人だけだよ」

「ど、どういう意味でしょう……?」

「黒くない奴らも、ついでにやっちゃってな。ほらっこれでさ頭をガツンと」


ネイルハンマーを右手に取り出してトミイに見せる、新品みたいに綺麗だ。


「はっ、そ、それはそれは……」


トミイの顔はかなりひきつっていた。バッドコミュニケーションって奴だ。お仲間を見つけたと思って、俺のテンションがおかしかったらしい。


「んー、なんかあんたヒトゴロシっぽくないな。どうやってやったんだ」

「その伝統の方法で……」

「伝統?」

「えと、透明になれるので。トラックが来るタイミングで道端を歩いていた黒いニンゲンの背中を道路に」

「ドンッと突き出した?」

「はい……。それで表向きは事故死って感じに、なりました」

「やるじゃない、そのシュチュエーション。かなりナイスだぞ」

「えっ、そうですか……?」

「シンプルながらも王道、いかにもって感じだ。この業界やっぱそういうのがいいよな」

「ぎゃははは! 異世界転生の九割はトラック追突によるもんだからな!」

「トミイは才能があるのよ」

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