第6話 夢
「そうは言うけどなーんもねぇじゃねぇか、おっさんの家」
「ミニマリストって奴でね、マイハウスの愉快なメンバーはテレビくんとベッドくんとアイロンくんと掃除機くんだけだ」
「洗濯機ないなこの家」
「コインランドリーが近くにある」
「テーブルも椅子もないぞ」
「地面に座ればいいだろ」
「くいもんは? 冷蔵庫すらねーじゃん」
「蓄えはなんてもんはない、飯は常に外食かコンビニとスーパーだ」
「なんて家だ! ニンゲンらしくねぇなお前!」
「俺は悪魔のおっさんだ」
「テレビは好きなのか?」
「会社で雑談するときの話題に丁度良かった、だがもう必要なくなったから卒業扱いでもいいな」
「よし、じゃあ山に捨てに行こうぜ」
「粗大ゴミは連絡入れて取りに来てもらうんだよ」
「悪魔に常識なんて必要ねーんだぜ」
「俺は自然を大切にする悪魔なんだ。それにどうせ山に捨てるならあいつらの死体の方がいいなぁ。山のムシくん達が喜ぶぞ」
「おっ良いねぇ。明日はピクニックにでも行くとするか?」
「そういうのもアリだな」
俺はスーツを脱ぎ、家に一個しかないハンガーにかけてからパンいちになってテレビの電源を入れた。見たい番組はない、どうでもいい、ただ付けただけだ。基本的にこの家に居てもやることはない、だから筋トレを始めた、そのお陰で腹筋も六つに割れている悪魔の腹筋だ。
「アマエチャンは生物学上のメスだぜ? ガールの前でそんな恰好すんなよ」
「そーかい、ところでお前どっから来たんだよ。魔界か?」
「ニンゲンの心の奥底からやってきた悪魔だぜ」
赤い悪魔は俺に向け親指を立てた。
「ほんとかなぁ、肌赤っぽいし角生えてるし鬼なんじゃないの」
角に触れてみると、やわらかい体とは違ってここだけ妙に硬い。
アポロチョコの可能性もわずかにあったのだが、みたまんまの角なのだろう。
「触んな触んな! 乙女のプライバシーに関する質問はお断りだぜ!」
「なんもまともに答えないなこいつ」
「お前もなおっさん」
「じゃあ俺は寝るから……」
「帰ってきていきなり寝るのかよ、それにまだ昼間だぞ」
「悪魔は昼寝るんだよ」
「アマエチャンのベッドは?」
「マスコットキャラはその辺の棚に収まっておいてくれ」
「しょうがねぇ」
俺がベッドに入り込むと赤い悪魔も俺のかけ布団をあげてベッドに入り込んできた。
温かい、湯たんぽみたいにホカホカだ。こいつには体温がある、実体がある、間違いなくいきものだ。だが殺せない、最初に触れた時に分かった。こいつを殺すのは無理だ。生身じゃ無い霧みたいなファンタジーな存在だったのなら、初めから殺害の可否すら考えなかったが、生物ならば殺せる可能性があるはずだった。俺の手に伝わった感覚からしてこいつは化け物だ、悪魔のおっさん判定は真っ黒、闇の化身だ。俺には殺せない、今は、まだ。赤い悪魔の体温を感じながら、俺は眠りについた。
普段は夢を見ても全て忘れてしまうのだがその日はっきりと思い出せる夢を見た。俺は快晴の空で雲の上に浮かんでいる、足元はやけに頼りなく浮遊感がずっと続いていて風景は同じだが落下しているんじゃないかとも思った。ここにいると心が安らぐ、苦しみとは無縁の空間にいるのだ。そして自分の視力が異常に良くなっているのにも気が付いた、大地の全てを見渡せるんじゃないかと思えた。考える、何を見るべきなのかと。すぐに思いついた、彼の姿を。思う、どこかにいる彼の形を。
朽ちた
「ありがとう神様。僕は今すごい楽しいです。こっちにこれて幸せだよ」
目が合った気がした、俺に向かって喋ったのだろうか。タカギ少年は巨乳の少女の身体を引き寄せて唇にキスをした。その背後からは鉄製のメイスを構えたゴブリンが近づいてきていたのだが灰色の空間が広がり、動作をしているのはタカギと巨乳だけになった。タカギは淀みない動きでメイスを持ったゴブリンの首を斬り落とす。
「そうだ、これのお陰でお金もすぐに集まったんです。メリア国王からグリーモルア金貨二千五百枚も頂いたんですよ」
タカギ少年の腕が空中で消えた、そのあたりの空間は円形に歪んでいる。上腕だけがなにかを探すかの様に奇妙に動いていて、目当ての物を掴んだらしい。ずるりと引き出されたそれは、カジキマグロの化け物の頭部だった、まっすぐな切断面からボタボタと赤い血が滴っていて頭部だけで高さは五メートルはある。口吻は刺だらけで凄まじく鋭い、ひとつひとつが良く研がれたナイフにみえる。
「リヴァイアサンです、サーチスキルによると全長は六百二十七メートルあるらしいですよ。こいつをサザナギの遠洋で一本釣りしてアイテム空間に入れてからギルドに持ち帰りました、みんな本当に驚いてましたよ。ギルドの討伐対象だったので、国王じきじきにお金も貰えて……頭部は記念に貰いました。まだ全然レベル上げの途中で二百二レベルなんですけど……。ああ、すいません一人で喋ってて。こっちからの会話は一方通行らしくて、それでも感謝を伝えたくて」
俺の方角に向かいおじぎをした。巨乳の彼女もそれにならい同じように頭を下げる、その動作だけで胸が大きく揺れていた。
「神様から貰ったチカラで、がんばってます」
満面の笑みでそう言われ。俺は夢から覚めた。
「夢に俺が殺したタカギ少年が出て来た」
「もう彼女いたか?」
「ああ、巨乳の少女とブッチューしてたよ」
「幸せそうでなにより」
「おい、それよりあいつのチカラ俺のチカラの完全上位互換じゃん」
「そりゃ異世界のチート能力だからな。現生にとどまってるおっさんのチカラは劣化してるよ」
「まじかよ、じゃあアイテム空間の容量は……」
「無限ってとこだな」
「みんな異世界に行きたがる訳だ」
「そーいうことだから、黒いニンゲンみかけたらどんどん送っちゃってくれ」
「幸せを届けにいく仕事ってのはいいもんだなぁ……。つーか体がだるいな」
「寝すぎだろ、ガチ寝じゃん」
「そんなにか?」
スマホで時間を確認する、二十一時半だった。九時間程度寝ていた事になる。こんなに寝たのはいつぶりだろうか……。初めての経験かもしれない。普段は寝つきも悪く、夜中に何度も起きて寝ての繰り返しだった。安眠出来た日はまったく無い、子供の頃から寝る時間自体が嫌いだった。ヒトゴロシになってからが一番安らげるとはどうかしてる。
「電話もめっちゃ鳴ってたぜ」
「集中力も無くなってるな、着信にも気が付かんとは」
「おっさんに電話かけてきたのは誰だ?」
「部長だ、会社は潰れたから元、な」
俺は着信履歴から電話を掛け直した。3コール目で相手は電話に出る。
「おう、出たな。今から飯食いにいかんか。奢るぞ」
「そりゃいいですね、タダ飯はいつでも歓迎です」
「場所はいつものとこでいいよな、先に席取って待ってるから」
「シャワー浴びてからすぐ行きます」
「おー」
電話は切れ、俺はシャワーを浴びてから再びスーツに袖を通した。
「どっかいくのかー?」
「お出かけだよ、夕飯食いにいくんだ。部長の奢りでな」
「おっさんは人付き合いしないのかと思ってたよ」
「そうでもないさ、誘われればついていく」
「アマエチャンのディナーは?」
「ない」
「じゃあついていくしかねぇな」
「悪魔に食料なんて必要なのか?」
「おっさんも必要としてるじゃん」
「う~ん、なるほどねぇ」
バスに乗り目的地の駅の近くまでやってきた。夜は大人の時間だ、子供がいないのは静かで良い。部長は俺よりも二十二歳年上であり、家庭もあってもうとっくに成人した息子もいるが、たまに俺を飯に誘い奢ってくれる。それに髪もフサフサだ。
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