悪夢と現実の境界線
らっかせい
第1話 境界線
ビルよりも大きな鉄球が街を潰して回ってる。それは転がるだけで全てを平らにし、悲鳴が世界を埋め尽くしている。
「はぁ、はぁ、はぁ……なんで!? なんで追ってくるんだよー!?」
その巨大な鉄球は何故が俺を追ってくる。俺の逃げた方向は全てが破壊されていく。必死に逃げても逃げてもずっと、ずっとだ!
追いつかれる。潰される。どこに行っても逃げられない。逃がしてくれない。
ゴロゴロと後ろから音が聞こえる。その音はどんどん大きくなっている。
「嫌だ! 嫌だーーー!」
振り向くと、目の前は銀色で埋め尽くされていた——
◆
「痛い! 痛い!」
体全体が痛い。両手で頭だけは守ってる。だけどそのせいで手の感覚はもうない。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
謝っても許してくれない。
頭が黒いモヤで見えない、大人の男性がずっと僕を殴ってくる。……僕? そうだ、僕、小学校に行かないといけないのに。
なのにずっと殴ってくる。
顔を、体を、足を、腕を、殴ってくる。
「なんで……なぐるの?」
僕は男を見上げて聞いた。男の殴る手が止まった。男の顔がみるみるうちに歪んでいく。
「黙れ!」
男は僕に叫んだ。男の右手が大きく振りかぶられるのを、僕は見ていた。
◆
真っ白な空間だ。俺はベッドで目を覚ました。ここは病院……そうだ、俺は癌になって入院してるんだった。
白い扉が開かれて、一人の医師と四人の看護師が入ってきた。
「…………」
老人の医師は、片手に透明な瓶を持っていた。
その瓶には、様々な色のよく分からない錠剤がパンパンに入っている。
「え……これは?」
四人の看護師がベットに仰向けになってる俺を囲むように移動した。
「ちょッ! 何するんですか!?」
看護師たちが、俺の両腕両足を突然掴んだ。強い力だ。手足が全く動かせない。
——気づいた時には、俺の両手と両足は鎖のようなもので拘束されていた。
「なに……これ?」
医師が瓶の蓋を開けた。それを俺の口元へと運んできた。横目で見ると看護師が水らしき液体が入ったコップを持っている。
「ッ! だれか! だれか助け——」
——無理やり、医師が俺の口の中に錠剤を入れてきた。息ができない。喋れない。
看護師が水を口に流し込む。
死ぬ! このままでは死んでしまう。
一人の看護師が俺の顔を覗き込んできた。看護師の顔が、大きく歪んだ。
手には——注射器を持っていた。中には、何か、何か入ってる。ヤバいものだということだけは分かる。
注射器が、俺の左腕の静脈へと綺麗に刺しこまれていく。
——世界が回る。医師も看護師も踊りだした。景色が点滅してる。何だか楽しくなってきた。俺は今、とても幸せだ。
◆
部屋だ。家具などが一切ない部屋だ。
壁には隙間なく様々な色の短冊が貼り付けられている。
壁に近づいてみると、どの短冊にも『優秀になって』『賢くなって』『いい大学に入って』『大企業に就職して』『お金をたくさん稼いで』『恩返しして』といった言葉がびっしりと書かれていた。
——俺はそんなスーパーマンじゃないよ
◆
学校の教室で先生が数学の授業をしている。
みんな椅子に座って、ノートを机に置いて書いていた。
——でも俺だけなぜか立っている。ノートも左手で支えながら。右手でシャーペンを持って書いている。
みんなが俺を見てる。変なものを見るような目。怖い。いやだ。
早く座らないと! 俺はそう思って後ろを振り向いた。でも、椅子がない。そういえば机もない。
「先生!」
俺はシャーペンを持ってる右手を上げて先生を呼んだ。俺の椅子と机がないんです、って言おうと思ったのだ。
板書を書いていた先生が振り向いた。俺と目が合う。
先生は俺を睨んだ。
◆
自分の部屋でスマホをいじる。何も考えずぼーっとして、ただ時間を浪費するのがたまらなく楽しい。
「えッ!?」
背後で、思わず耳を覆いたくなるような爆音が聞こえた。何事かと後ろを振り向くと、部屋のドア破壊されていた。
そして——そこには宇宙人が立っていた。
テレビなんかで見たまんまの宇宙人だ。確かグレイって名前だった気がする。
その宇宙人は青白い小柄な体をしており、俺の胸くらいの身長しかない。
だけど、顔は俺の何倍も大きくて、アーモンドのような形をした黒い目は俺を睨みつけている。
「俺を、俺を殺しにきたのか!?」
咄嗟に頭に浮かんだのは、このままでは殺されるということだった。
「→☆♪$€!」
俺の言葉を聞いてか、目の前の宇宙人は意味のわからない言葉を叫び出した。
「くそッ!」
俺は覚悟を決めて宇宙人に思いっきり体当たりした。宇宙人は思いの外軽くて、簡単に吹き飛ばせた。
今のうちだ!
俺は二階の自室をでて、階段で一階に降りる。そのまま迷うことなくキッチンへと走り、包丁を持った。
外に逃げても無駄だと俺の本能が言っていた。奴からは絶対に逃げられない。
俺は一度降りた階段を上がって自室へ戻る。そこには先程吹き飛ばした宇宙人が、フラフラした様子で立っていた。
「俺の部屋に来たことを後悔させてやる!」
俺は躊躇いなく宇宙人の首に向かって包丁を突き立てた。
◆
「うーーん? あれ?」
目の前に広がるのはボロボロの部屋だ。床には注射器と透明な開封済みの袋が散乱しており、ゴミが部屋を埋め尽くしている。
「は!?」
左を見ると床が真っ赤だった。
そしてそこには——クソババアが血をドボドボと流しながら床に倒れていた。
何故? なんで? まず俺がクソババアを部屋に入れるわけがねぇ。
反射的に部屋のドアを見る。ドアは……破壊されていた
「ん?」
そして俺は気づいた。自分の右手に何かが握られていることに。視線をゆっくりと右手に落とす。
手には、真っ赤な包丁が握られていた。
記憶が、混濁してる。さっきまで、俺は寝ていた筈だ。いや、今も……そうなのかもしれない。そうじゃないとおかしい。
——夢、だよな?
悪夢と現実の境界線 らっかせい @nakkasei
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