第19話

「あーもうっ!」


 オマハンは顔をしかめながら叫び、跳び下がった


「くっさい! くっさいねんおっちゃんそのセリフ回し! オダクニマミレタイシデンタツ――よう笑わんと言えるなあ!」


 異舌審問官は、オマハンの悲鳴のようなあきれ声を完全に無視して、


「ご臨場の皆さん、皆さんはこれから見聞きすることを決して他言されませんように。なぜなら――」


 場の全員を威圧するように告げながら、異舌審問官は「本を開く」と言って革張りの書物をついに、ゆっくりと開き、


「なぜなら、これからあなたがたは、“無敵への裏技”の入り口をかいま見るからです――」


 そう言って、続けた


「読み上げること、“呪型テンプレート”ハのAの甲、第30ページ“コジャイキ”――『しかくしてその“異舌”の手を取らむとおもいて乞い寄せて取れば――」


 読み上げるにつれ――


 異舌審問官の全身が、はげしく振動しはじめて――


 オマハンは反射的に身をかわそうとしたが――無駄なあがきだった


 ほとんど瞬間移動かと思える素早さで手首をつかまれ、つぶされそうな握力に、思わず「ぎあ!」と奇声が出た


 異舌審問官は片手でオマハンを制圧しながら、もう一方の手で開いた書物をさらに朗唱して――


「――若葦わかあしを取るがごとく取り打ちて投げ放つ』」


 手首をつかんだ腕が旋回し、オマハンは床から引き抜かれるように真横へ投げ飛ばされ、壁に叩きつけられた


 打ち身と驚愕と脳震盪で、息も出来ない――


 なんで、こんなことが出来る・・・?


 人間の膂力りょりょくやないでこれ・・・!


「“カマイン戦闘伯のいとも迅速なる呪祷書じゅとうしょ”――」


 異舌審問官が言った


「“力ある物語”からの引用をまとめた交戦支援辞典です。いまのはふるき神話の一節を異舌宣告時のトラブル対応用に改変したもの――ページをめくる」


 そう言って、ページをめくりながら、


「起こるべき事象を起こるべく“べ上げる”なら、それはすべからく起こる――“呪祷”で『当たる』と言えば『当たる』し、『勝つ』と言えば『勝つ』が自動で追尾する。“まことの表現”とはそういうもの・・・」


「ズルいわそんなん・・・!」


 うめくように、口をついて出た


 オマハンとしては、こう言いたい――


 その『当たる』や『勝つ』に至るまでのあいだを言いーや、あいだを・・・!


 異舌審問官は楽しげだった


「人間すべてを言い尽くすことはしません、当然ですが。言語とは“省略”であり“解釈”なのです。意味は過程を包含し、結果はどこまでも過程を内包する。『来た、見た、勝った』と記されるように。では、お次は旧き軍記から“呪型テンプレート”チのBの甲子――」


 少々聞き入ってもうたことに歯噛みしながら――


 オマハンは、すでに逃走しか考えていなかった


 が、しかし、空気が足りない


 いまの一撃で、いちど肺から全部押し出されてしまっている――!


「皆さんは一言も発せられませんよう」


 気配を感じたのか、他の全員を制するように異舌審問官が言った


「動くと、巻きこまれて大怪我をします――“ヘエケ”『弱き心のおぼつかなさに途惑いきったる異舌の面を、審問官追っかかってよっ引いて、ひょうふっと打ち抜きたり』――!」


 両手両足で床から跳ね上がり、オマハンは回避した


 追う――


 逃げる――


 彫像のように動かぬ無言の人々の間隙を縫って、ふたりは高速で動いた


 いや、ともすれば、異舌審問官の方が圧倒的に速い――


 貫手ぬきてや手刀がこちらの体をかすめるたびに、ヴェイル審問官の四肢からミシッ!ビキッ!という小さな破砕音を洩れ聞いて、オマハンはちびりそうになる


呪祷じゅとう”とは、どうやら人体のリミッターさえ解除して骨身を駆動するものらしい――


 おそるべし、古典の力・・・!


 そう思ったとき、異舌審問官の拳がオマハンの頬をとらえた


「――ちぴっ」


 間抜けな声


 自分の声――


 生命の危険が脳を加速した


 自分の肉体がきりもみしながら横倒しに滞空したかと思うと、糸が切れたように落下するのが、どこか他人事のよう――


 地図やフィギュアやタブレットが並べられたテーブルの上でバウンドして失神しかけ、床を水切り石のようにさらにバウンドして停止――我に返った


 指一本動かせない――


 少なくとも、あと数秒は――

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