第16話

 エキスバトンが重々しく告げた


「これまで数回にわたってプレイしてきたシナリオ『連続ラブレタープットポケッティング事件』――お屋敷を揺るがしたこの事件も、いよいよ大詰めクライマックス、最終回だ!」


 クライマックスに初心者呼んだんか・・・


「ダイニングホールに関係者全員を集めて、執事探偵エド・バートンは言った――『悲しい事件でした。知らぬ間にポケットに入れられた恋文の数々に、人々は平静を失い、奔走し、生き恥と言っていいさまを大いにさらした――ですが、それも今日、この場で終わります』」


「マスター、行動していい?」


 従僕のリヒテンラッセ(使用キャラクタークラスは“従僕α”)が言い、エキスバトンに「どうぞ」とうながされて、


「『ここに犯人がいるなら――下手な真似はしないことだぜ?』そう言いながら、硬貨を指先でつぶす!」


「“筋力ストレングス”チェック!」


 と、エキスバトン!


「ポケットからダイスを取り出して振る!」


 と、リヒテンラッセ!


 オマハン含め、どの参加者のポケットもおびただしい数のサイコロでふくれあがっている


 なぜ、これほど大量のサイが要るのか――「理由はあとでわかるさ」と、エキスバトンは今のところ教えてくれていない


 リヒテンラッセはテーブルに転がした「サイの目を見」て、


「成功! キャラクターシートの成長ボックスにチェックを入れる! パセラッハ、君も行動して能力値成長のチャンスをつかむんだ!」


 パセラッハことオマハンがまごまごしていると――他の参加者たちもお手本だとばかりに、次々に“行動”しはじめた


「犯人がこの場にいると考えて、逃走経路を予測! 捕まえやすい位置に自然に移動する! ここは“緊力テンション”を使おう!」


「被害者の一人として、全身で悲しみを表現する! そうしながら“琴力シンパシー”チェックで執事探偵の確信の程度を探るよ!」


「腰に手を当てて背骨を伸ばしながら、上着越しに武器に触れる! ゲームマスター、“金力ファイナンス”でピストルを持ってることにしていい!?」


謹力グラビティ”で犯人に名乗り出るよう説得する者


均力アベレージ”でその場の全員に同調圧力をかけようとする者


禁力フォビドゥン”で歌い、舞い、オカルティックな手段をこころみようとする者――


 誰が犯人なのかまったくわからない一方で、オマハンはロールプレイに興じる皆の上気した顔を眺め――なるほど、そら流行るわ、と納得した


 この“tスポーツ”が、だ


 行動を宣言しなければ動けない今の世にあって、このゲームは日常生活を送るための、ある種の練習になる――


 だけではない


 架空の(?)世界に生きることで、人々はドミノコロナ以前の自由に動けた頃へ戻ることができるのだ


「『結論を申し上げましょう! ですが、その前に――』と、執事探偵エド・バートンは言った」


 と、エキスバトンが言った


「『その前に、ひとつ“演出”をさせていただきます――!』・・・右手を上げる! そして指を――」


 エクスバトンが指を「ぱちん」と鳴らした瞬間


 現実世界の参加者たちがつどう、この使用人控え室の四方の壁が、ゆっくりと向こう側へ倒れ――ゲーム内のダイニングホールと同じ大きさの空間が現出した


 いや、空間の大きさだけではない


 暖炉や絵画にタペストリーまで、ゲーム内で描写されたものと全く同じ調度類がしつらえられている――!


 参加者たちのどよめきに「目を細めてうなず」いてから


 エキスバトンが言った


「さあみんな、これからはリアルスケールにキャラクターを演じてほしい! 判定のサイコロは床に投げっぱなしで!――想像力と行動力に限界はない! 限界などあってはならないんだ! たとえ、こんな地獄のような時代に生きているとしても・・・!」


 感情のこもった、深い静寂――


 誰かがもらす、すすり泣きが聞こえた


 参加者たちが自分に命じて立ち上がり、ゲーム内での自キャラクターの位置に向かって歩いていく


 場に広がる、感動のうねりに、オマハンも今回は粛然となって、この不思議な臨場感を味わっている――


「パセラッハ(オマハンの偽名だ)を指さす」


 エキスバトンが静かに言った


「『犯人は、あなたです――!』」


 はあ!?


 オマハンは仰天して、エキスバトンの指先を見つめた

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