第11話

 オマハンなど、あやうく無言で振り向きそうになったほどだ


「あなたは――銀器担当召使いのエキスバトンさんっすね」


 “異舌審問官いたんしんもんかん”の言葉に、エキスバトンが答えた


「ええ、お手柔らかに願いますよ、審問官どの。ご覧のとおり、みな緊張していますのでね」


 深い声


 洗練された物腰


 ぴんと伸びた背筋――の爽やかナイスガイ


 ペーペーのオマハンからは仰ぎ見るべき、高位の従僕だった


 なんでも、曾祖父の代からサモン・ド家に仕えているという


「こちらこそっす。守秘義務宣誓書にサインいただいた以上、“異舌審問局”は完全にあなた方の味方っすよ――表紙に左手を載せる」


 そう言って、審問官はテーブルの革装本の表紙にそっと左手を載せた


「申し遅れましたっす、私はサイモン・ヴェイル――今回の任意法廷をつかさどる特別巡回担当官です」


 オマハンたちはカードテーブルをはさんでヴェイル審問官と向き合う形で、横並びに着座している


 審問官の向こうに高級酒の並んだバーが見え、その隣の壁に、巨大なテレビ画面が設置されている


 ふだんは屋敷の主人や来客が、野球やフットボールの試合を観戦するためのものだったが――いまはニュースチャンネルが無音量で流されていて、映っているのは「大統領令嬢婚約間近か」の報道――


 アリンスちゃん・・・!


 愛しの彼女の映像にオマハンは胸がときめいたが――それを面に出すわけにはいかない


 こういうとき“宣言不要”な自分は損や、と思う


 感情がそのまんま簡単に仕草に出てまいそう・・・!


「これから受けていただく“グリマルキン異舌審問法”は、一種の『共鳴尋問』の形を取ります」


 ヴェイル審問官が言った


「みなさんには、こちらの質問に自由にお答えいただけるとありがたいっす。また、どなたの発言に対しても同意や異論や判断保留を唱えていただいて結構。もちろん『沈黙』にもたいへん意味があることも申し添えておきましょう。それでは――“これより審問を開廷します”」


 書物の表紙に左手を置いたまま


 ヴェイル審問官は「半眼に」なり、告げた


「“境界事例ボーダーラインカ~ネアデ~ス”――哲学者カ~ネアデ~スが提示した論題を“異舌”向けにアレンジしたものです――」


 審問官の唇が言葉をつむぎ出す――


「あなたの名前は『カンタータ』――乗っていた豪華客船が沈没し、溺れかけているところです」


 無想状態における自動口述のような口調で、


「あなたがあっぷあっぷしていると、向こうから一人の少女が板きれにつかまって漂流してきました。その板きれは、人ひとりを浮かせるのがやっと大きさで――あなたは尋ねます。『お嬢ちゃん名前は?』『ジュリエピアン』『ではジュリエピアンさようなら、忘れない、突き飛ばす』あなたは少女を突き飛ばして板きれを奪い、彼女は海中へ姿を消しました――その後、幾人もの乗客が流れてきましたが、あなたはそのたびに名前を聞いては油断させ、次から次へと突き飛ばします。板きれを死守したあなたはついに救助され――罪に問われました。あなたのなりふり構わぬ自己保存行為は、すべて警察衛星によって録画されていたのです――お考えください、カンタータつまりあなたは、なんらかの罰を受けるべきでしょうか? 法律的に、さらには倫理的に」

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