第2章 “オマハン”

第9話

 まだ、世界が“宣言コロナ”におかされていなかったころ――


 現ICTO大統領トーマスミス・ロングが、まだ青臭いヒョロガリのいちジャーナリストにすぎなかったころ――


 6歳だったオマハン・チャトワは、同い年のアリンス・ロングに手ひどく振られ、泣かされた


 “完災弁”は、ただ完災弁というだけで害悪にして罪悪――


 当たり前のことだ


 誰もが学校でそう教えられる


 彼に、両親の記憶はない


 物心つく前から師とともに放浪生活を続け、ある年の夏、ロング家が避暑地に借りていた別荘にいっとき身を寄せ、アリンスと出会い、将来を誓いあった挙げ句――今となっては思い出せないささいな言い争いのすえ――たぶん別荘を発つ前の日の、すばらしく綺麗な夕映えの下、


『だってあなた“完災弁”じゃないの! みんな言ってる! そんな言葉があるから世の中から犯罪がなくならないんだって!』


 オマハンは声を上げてボロ泣きした


 その場から逃げ出し、師の部屋へ飛びこんで一部始終を語ったが――あろうことか、オマハンの師は腹をかかえて笑ったのだ


『犯罪がなくならんのはそのせいか! 違いないわ!』


 オマハンは思う


 どうも先生はおれが泣くたんびに、大笑いしてた気がする・・・


 だが、そんな師の笑顔も、ICTO議会で「人類公用語是正法」――通称“異舌法いたんほう”――が可決されるまでだった


 師は、オマハンを守り育てながら迫害を避けて逃亡する、という無茶な戦いを続け――ある日、力尽きた


 その日から、オマハンは師の墓に手を合わせつつ、師の果たしていた“任務”を引き継いで、今に至っている――




「図に乗るなよ、“完災人”!」


 頭ごなしだった


「お前をそんなことで無駄に消費してたまるか! “任務”はどうした? 公私を混同するのもたいがいにしろ!」


 彫りの深い眉目を逆立てて怒り出した相手に――


 オマハンはひたすら下手に出た


「なー、頼むわイカちゃん、庭師でも料理人でも何でもええねん。採用してくれたら後は自分でなんとかするから・・・」


 相手の男の名は、イカドオル


 イカドオル・ハイハアアア


 リッチー・サモン・ド上院議員の屋敷をあずかる第三執事


 オマハンに屋敷の裏口に呼び出され、屋敷に従僕として潜りこめるよう依頼され、すでにキレている


「話にならん! 庭園だろうが厨房だろうが、お前などに務まるような仕事なものか! 『話を切り上げ、屋敷の中に戻る』――!」


「待ってや!」


 “宣言”して背を向けた相手の肩に、オマハンはあわてて手を掛け、強引にこちらへと向き直らせた


 それがどれだけ“事情を知る宣言行動者”を傷つける振る舞いか、オマハンにはわかっていたし、実際イカドオルは顔色を変えたが――


「アリンスちゃん、もう今にも婚約してまいそうなんやろ? あの上院議員のこときろてんのに!」


 オマハンも必死だった


「いくら父親の政権安定のためやからって、アリンスちゃんを人身御供にはさせられへん! 頼むわ!」


「・・・大統領令嬢がサモン・ドを嫌っているかどうかは、まだわからない」


「ほな、それを確かめるだけでも! 長居はせーへんから!」


 イカドオルはオマハンの顔をまじまじとながめ、そして言った


「わかった――じっさい令嬢歓待のための人手は足りてないからな。この屋敷特有の声帯整形が必要になっても、その日時は令嬢の訪問日以降に設定してやる。ただし! 協力はお前の“非番”が明けるまでだ。お前に“任務”が伝えられ次第、俺はお前をクビにする。それに・・・もしたとえ、お前の“異舌”がバレそうになっても、俺はお前を助けない」


 めっちゃお前お前言ってくる・・・


「それで、いいな?」


 イカドオル・ハイハアアア


 アリンス付きのシークレットサービス、ギャリジェンヌ・ハイハアアアの弟


 生き延びたなら、第6章“イカドオル”で主人公になるだろう“最底辺の男”――


「ええよ! ありがとうなイカちゃん! おれ、優しいからイカちゃん好きや!」


 こうして、オマハン・チャトワは上院議員リッチー・サモン・ド邸の従僕見習いになり、屋敷に届く荷物の搬入や使用人区画の清掃などにたずさわることになった


 そして、採用早々――


 抜き差しならない窮地におちいった


 愛する大統領令嬢という大切なVIPの訪問を受けるにあたって、サモン・ド上院議員は“大陸間条約機構ICTO”の特別法務セクションに対し――


 自身の屋敷への“異舌審問官”の急派を要請したのだ――


 (そろそろSFを名乗っても許される・・・? 第10話に続きます)

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