第5話
アリンスがこの男、リッチー・サモン・ドを嫌悪しつつ、利用すると決めたのには理由がある
この疫病“ドミノ13”は、いかに現代社会に潜在的な弱者が多かったのかを浮き彫りにした
口下手な人、数秒先のことを考えて言葉を組み立てるのが苦手な人、自分自身に対してさえ正直に物が言えない人・・・
そんな人々に、生活訓練や経済支援の手を届かせようとした大統領の政策を、この男はことごとく財源の不足を口実にさまたげ、廃案にしてきた。同じ党の有力議員でありながら――
『カネで済むなら安いもの、という言葉をあの上院議員どのは知らないようだ。教えようにも、あの長い足ですぐに逃げてしまう』
情熱をもって政治に取り組む父がある日、自嘲気味にそう言うのを聞いて、アリンスは決意した
父のこの政敵を――私が手なずける!
勝算はあった
リッチー・サモン・ドはどうやら、アリンスにひと目ぼれしているらしかったからだ
ダブルホワイトハウスでの晩餐会で初めて会って以来、この独身の上院議員はアリンスへの突出した好意を隠さない
そしてまた、アリンスの方にも「好きにはなれなくても我慢はできる」――そんな予感もあった
リッチー・サモン・ドはカメラの前では絶対に見せない表情を、アリンスにだけは見せるからだ
「ああ! 心を決めてくれて、今日は本当にいい日だよっ!――微笑っ!」
アリンスを屋敷の奥へといざないながら、サモン・ドが恥ずかしそうに、嬉しそうに、頬を紅潮させて「微笑っ!」した
似ている・・・
幼いころを思い出して、アリンスはずきりと胸が痛くなった
あの子も、ほっぺをすぐ真っ赤にして笑う子だったな・・・
「どうぞ入って!」
アリンスが導かれたのは、屋敷の西翼にある、天井がビル五階分ほども高さのある、吹き抜けになった巨大な図書室だった
随行員の大半はエントランスホールに留め置かれ、ギャリジェンヌもいまは分厚い木彫扉の向こうだ
それでもいくらか不安が減ったのは――この古式で重厚な空間に、十人を超える女性の司書たちがいたこと
壁一面の大書架に作りつけられた複数の可動式通路のそこかしこで、みな忙しそうに自分自身に命令しながら立ち働いている
「ここがこの屋敷一番の自慢なんだ! 父に至るまでの先祖代々で少しずつ大きくしてきたんだよ!」
ティーテーブルに着いたサモン・ドが、頬を照り輝かせて言った
「ぼくが追加した蔵書は一冊もないんだけどね!」
そう付け足して、へらへらしている
拷問だ・・・
アリンスはそう思いながら、紅茶を飲んだ
悔しいことに、ちょっと美味しい
きっとこれも「父に至るまでの先祖代々」の趣味なんだろう・・・
アリンスがどれだけ魅力的か、そしてリッチー・サモン・ドという男がどれだけ彼女にふさわしいか、さらにしかも彼がどれだけ次期大統領の座に近いか――そんな一方的な会話を、いかにも興味深そうに見せかけた生返事で受けているうち、ふと、アリンスは感じた
サモン・ドの口調には、どこか「楽しみを先延ばしにしている気配」がある
婚約予定者との語らい以上の「なにか良からぬ本題」がこの先に待っているような気がする――!
「あのね」
そわそわ、うずうず、紅潮しながらサモン・ドが言った
「ぼくもきみに似た“力”を持っているんだよ? この屋敷内限定だけど!」
目をみはったアリンスを嬉しそうに見ながら、サモン・ドが続けた
「・・・“静寂あれ”!」
鼓膜にかすかな圧迫を感じた瞬間
広大な図書室が、いきなり静まり返った
行きかう司書たちが――動きを止めていた
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