第3話

 大統領家族専用リムジン“ザ・ビーステス”は、新世代の装甲をほどこされた、しなやかな送迎車だ


 戦車と同等以上の対弾素材で出来ているだけではなく――


 最近とみにイノベーションの激しい各種“音響攻撃”にも、パーフェクトな防御力を誇っている


 テロリスト制圧用の火器搭載自走ポッドや、有事の飛行機能まで備えているとも囁かれるが――アリンスが本当のところをギャリジェンヌに尋ねても、はぐらかされるばかり


「・・・ほんとに今日行かなきゃ駄目?」


 ひろびろとした車中から、アリンスは過ぎゆく外の景色を眺め、つぶやくように尋ねた


 向かいに座るギャリジェンヌが、快活に答えた


「あなたの好きに決めていいのですよ、アリンス? もちろん、今日この日に行く、と決断したのもあなたですが」


 黙りこむアリンスに、ギャリジェンヌは静かにつけ加えて、


「友人として私見を言わせていただくなら――これから会う男は知れば知るほど、きわめて人間的に矮小、かつ、底の浅い、つまらない人間です。大統領のひとり娘が婚約を餌に駆け引きを仕掛けるのにはうってつけの相手、とは言えるのかもしれません。けれども――」


 わずかに間を置き、


「彼の持つ権力と思考パターンはあなどらない方がいい。とくに――『サモン・ド邸に着いて最初に見たもの』に意気喪失したのなら、すぐに引き返すべきです。たとえお父上の政治的立場がどれほど危うくなろうとも」


 ドミノ13ウイルス禍の下、音声認識AIと完全自動運転は一気に完全普及している


 制御されたなめらかなトラフィックに乗り、“ビーステス”とそれを護衛する車列は目的地サモン・ド邸に着いた


 優美な門を抜け、出迎えの人々が居並ぶアプレコロニアル様式の主館の前庭に“ビーステス”が着けられる


 地面に長く敷かれたきらめくカーペットに、アリンスが足を下ろしたとき


 開かれた扉の前に立つ、どちらも年配のメイド長と筆頭執事が同時に叫んだ


「最っ! 敬っ! 礼っ!」


 カーペットの右に整列したメイドたちが一斉にスカートを持ちあげながら腰を深くかがめ、左に整列した従僕たちが一斉に腰とへそに手を当てて上体を前に倒した


「ようこそ!」


「ようこそ!」


「ようこそ!」


 アリンスが前を通りすぎるごとに、左右の男女が目を伏せたまま歓迎の言葉を述べていく


「ようこそ!」


「ようこそ!」


「ようこそ!」・・・


 アリンスが戦慄したのは――老若男女のメイドや従僕たちが皆、まったく同じ声を発していること


 後ろに従うギャリジェンヌがささやいた


「リッチー・サモン・ドの屋敷で働く使用人は全員、厳しい声質チェックと激烈なボイストレーニング、さらには必要なら“声帯のプチ整形”まで要求されるそうです」


「なんのために・・・?」


 ささやき返す声が、かすれた


「上司や同僚の声を自分自身の声と勘違いさせるためですよ」


 答えるギャリジェンヌの声には、おぞけをこめた辛辣なユーモアがあった


「気づきましたか――? 彼らが自分の声でなくメイド長と筆頭執事の号令で一礼したことに」


「・・・!」


 めまいがした


 足がふらついた


「っ! テャランッ!」


 気づいたギャリジェンヌが“迷彩語”で手を伸ばしたが――間に合わなかった


 つまずいたアリンスの上体がのめり、流れて、横倒しに倒れ――


  (「つまづく」でなく「つまずく」か・・・第4話に続きます)

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