第2話
ダブルホワイトハウスにほど近い“ウラヌス公園”は、芝生と森の美しい、市民の憩いの場だ
遊歩道をゆくアリンスの歩みにつれて、カメラを構えたパパラッチたちが群体生物のように移動する――
芝生で思い思いの姿勢でくつろぐ人々を、アリンスはぼんやりと見つめながら歩いた
レクリエーションはおしゃべりが基本になった現在――
感染防止のマスクをしている者はいない
“宣言コロナ”は、このタイプのウイルスが持つ最大理論値ぎりぎりの感染率を叩き出す最強の病だから――
飼い主の周囲をはしゃぎ回る犬たち
サンドイッチのかけらをもらいに来るリスの親子
樹上でさえずる小鳥の群れ・・・
思いどおりに動ける生きものがうらやましい
ペットの需要が高まっているのもうなずける――
そして――
「私もきっと・・・ペットとして求められてる・・・あの男に・・・」
つぶやいたとき、パパラッチたちが色めきたってシャッターを押し、アリンスはあわてて口をつぐんだ
読唇術(これも流行りの技術だ)を修了してる記者に、ネタを与えていなければいいんだけど・・・
睡蓮の池にかかる橋の手前で、
「蹴る蹴る蹴るっ!」
「蹴る蹴る蹴るっ!」
大人の男ふたりが、喧嘩していた
いさかいの原因はともかく、なぜ「蹴る」のか?
それは、「蹴る」は「殴る」より1音速いから――
こんな悲惨な光景も、最近はよく見かける(キレた時代だ)――
シークレットサービスが数人駆け寄ろうとしたのを、ギャリジェンヌが「パゥッ!」と制止した
アリンスが「振り向いて首をかしげてみせる」と、ギャリジェンヌは「いたずらっぽいうなずきを返す」
ため息をついて――
アリンスは蹴り合うふたりに近づいた
ワイドショーネタの時間だ――
「日が・・・沈む・・・!」
いまは午前中にもかかわらず、つぶやいたこの言葉――“日が沈む”が、全人類の中でアリンスだけが持つ“症状”のトリガーだった
アリンスの髪がふわりとふくらんで持ち上がり――
淡いオレンジ色の光を放ちはじめた
生体放電――
生物発光――
彼女の周囲100メートル内の生きとし生けるものすべてが、この夕映え色の光を見、あるいは感じた
特型コロナの9番目――“ドミノ9ウイルス”対応ワクチンの、ごくまれな副反応
神経伝達物質の刺激による細胞膜イオンチャネルの集積、発光タンパク質の産生と各種触媒作用の加速――
アリンスはその、なみはずれて強力な臨床例だった
冠せられた
アリンスの“黄昏”の影響下に入った者全員が、強烈な共感覚の波に呑まれた――
燃えるような赤・・・
黄金色・・・
教会の鐘の音・・・
カレーの匂い・・・
マジックアワー――!
どこかけだるい、安逸感・・・
おしゃべりなソーシャルメディアが「リアルくのいち」「リアルミュータント」と呼びそやす、これが彼女の体質だった
「蹴」りあっていた二人の男が、いつしか口をつぐんでいた
微笑するアリンスに気づいて、
「おおお、これはファーストドーター! お辞儀する!」
「お辞儀! ありがとう、お恥ずかしいところをお見せして申しわけない・・・!」
「肩を組」んで「一緒に飲みにいく」男たちに「手を振」り――アリンスは“条約機構立近代美術館”へ抜ける道に「歩みを向け」た
ほどなく、“ビーステス”が停車しているのが見えた
次の“公務”が待っている――
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