“宣言ドミノ”!
連連理
第1章 “アリンス”
第1話
いまの人類ときたら「しゃべるか、しゃぶるか」だ
自分を含めた他者に話しかけているか、でなければ、のど飴をなめている
――リッチー・サモン・ド(上院議員、次期大統領候補)
『あたしのことが好きぃ!? はんっ! 笑わせないで!』
また、あの夢を見ている
世界がこうなってしまう前の、あの日
幼馴染みのあの男の子と喧嘩別れした、あの死ぬほど夕焼けが綺麗だったあの日の記憶
よく笑う、素敵なあの子の笑顔を終わりにした私自身の残酷な言葉――
『いくらかっこよくても無意味よ! だってあなた・・・"○○○"じゃないの!』
目が覚めた
涙が両耳に引っかかって、溜まっている
「目を開けて、ベッドから下りる・・・」
アリンスは物憂げにつぶやいた
「あくびをする・・・」
「のびをする・・・んっ!」
「パジャマを脱ぐ・・・ っ! パンツは脱がないっ!」
出来の悪い私の脳
また涙がにじむ
「シャツを羽織る・・・ボタンを留める・・・」
いつまで、こんなことが続くんだろう?
いつまで、この病気は続くんだろう――?
ウイルスの名は、“ドミノ
風邪の遠縁の親類だと、アリンスは聞いている
同族の病原体たちとは違って、このコロナウイルスは脳のウェルニッケ中枢とかいう部位を直撃、人体を音声入力式のロボットに変えてしまう
強烈な感染力の嵐が全人類を舐めつくして・・・世界は変わった
これまで意識せずに出来ていた、あらゆる日常行動が“自分への命令”抜きでは不可能になった
「トイレに行く・・・」
「手を洗って・・・タオルで拭く・・・トイレを出る・・・」
“宣言コロナ”
あるいは、“宣言ドミノ”――
あらかじめ宣言しなければ動けない、という新しい行動様式から、この奇病につけられた通称だった
「アレクサ、テレビつけて」
画面に映ったのは、料理番組――
最近、これ系の番組がめっきり増えた
『ハイ、これを粗みじんに切ります!・・・ああ、皮もヘタもついたままで結構! それでいいじゃあないですか! 大地に根ざした味なのだから! ・・・ハイ、そうしたらこれらを全部鍋に入れて・・・』
説明と動きの、幸福な一致――
“アフタードミノ”以前の時代とほとんど変わらない番組進行が心を癒やす――と、大人気なのだ
「ひとくち、噛んで飲みこむ・・・ひとくち、噛んで味わって飲みこむ・・・」
料理番組を見ながら、朝食の"全部入りキャンディバー"を食べる
この時代、食事ほどプライベートなイベントはない、とアリンスは思う
ちくいち、口でターゲットを指定して、フォークでつついていては、交際も団欒もあったものではない
だいいち、楽しい楽しいマヨイバシさえ、おいそれと出来ないではないか――
自室のドアを出ると、シークレットサービスのギャリジェンヌ・ハイハアアアが、
「笑顔でお辞儀」
と言って、笑顔でお辞儀した
「おはよう、ギャリジェンヌ」
「おはようございます、アリンス」
玄関ホールにむかって並んで歩きながら、アリンスは尋ねた
「今日の予定は?」
「パパラッチ向けの広報活動をまずは片づけていただきます。ララハイッ。それから・・・それからサモン・ド邸を訪問して、婚約条項の細部を詰めましょう。スピーブルァッ」
「広報活動って・・・それ要る?」
「ご存じのはずです。お父上も、お母上も、あなたを頼みにしているのですよ? アパティッ」
会話の合間合間に、ギャリジェンヌはかん高い声で自分に命令して、周囲を警戒し、外にいる護衛たちと連絡を取りあっている
"迷彩語"だ
いわば「暗号化された速記」の音声版――
少しでも素早く動き、しかも敵対者に動きを“聞き取られ”ないようにするためのプロフェッショナルな圧縮言語――
アリンスは広域連邦大統領官邸“ダブルホワイトハウス”を出て、通りを南に歩いた
公道のわきに、警護の警官たちが間隔をおいて立ち並んでいる
低い声の重なりが、通りいっぱいに満ちていた
警官たちが自分自身に言い聞かせているのだ
「私はできる・・・!」
「“アフタードミノ”において最適な選択を果たすために・・・!」
「人類社会への奉仕者として・・・! 速く! 精密に! 即応できる・・・!」
囁くように、
精神と関節と筋肉(主に口まわりの)をやわらかくしておくために――
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