第4話

 やがてタイヤの焦げる匂いがしたと思ったら、ふいに体にかかる遠心力がなくなった。


「はぁ、はぁ……助かった」


 ゆっくりと目を開けて外を見ると、目と鼻のさきにサンタのソリがあった。意外なことに、ソリは鉄で出来ている。普通木製だろ。


「みんな、大丈夫か?」

「ええ、なんとか。髪乱れてない?」

「めっちゃスリリング! もう一回やろ!」


 まあ、いろいろ言いたいことはあるが、無事そうで良かった。


 ところで、あいつは? 


 目の前のソリからは、サンタの姿が消えていた。あおり運転のニュースを思い出す。この後に起こることは……わぁ~お。


「鍵を閉めろ!」


 ウィーン……。後ろを振り向くと、息子が既に窓を開けていた。


 一足遅かった。まあ、人の話はなにがあっても聞けとは言っているが、今日は違う。今日だけは。


 あの赤い悪魔が、顔を車に突っ込んでこちらを睨んでいた。もれそうになった。が、俺は腐っても父親。はしたない姿を見せるわけにはいかない。


「お、おい! い、一体俺たちが、な、な、なにし、何したって言うんだよ!」


 裏声が出てしまった。恥ずかしい。


「都こんぶ一個とは何事だ!」


 サンタが、いかにもおじいさんみたいな声で叫んだ。


「え? 都こんぶ?」

「そうだ! 親として、もっといいものをプレゼントするべきだ!」


 そんなことで怒ってたの?

 怒るサンタを見つめていた息子が、口を開いた。


「いや、サンタさん、僕がこれでいいって言ったんです。だから、お父さんとお母さんは何も悪くないんです」


 涙が出そうになった。俺が思っているよりも、この子は立派に育っている。


「そうだったのか……。本当は欲しいものがあるというのに……君はいい子だな。よし! 特別に、もう一つおまけしてあげよう!」


 サンタはそう言うと、ソリの上に乗っていた白い袋を二個取り出してきた。

 大きい袋と、小さい袋の二個だ。……ん? あの大きい袋、なんだか動いてないか?


「なあ、サンタさんに何をお願いしたんだ?」

「ああ、それはね──」


 サンタが、まずは小さい袋を車に投げ入れた。息子が嬉しそうに開ける。

 何を頼んだのかと思って、覗き込んだ。するとそこには、あの赤いパッケージ……。


「おい、これ、都こんぶじゃないか! しかもこんなにたくさん!」

「僕はね、サンタさんに都こんぶを百個頼んだんだ!」


 どこまで都こんぶが好きなんだ……。というか、渋い。渋すぎる。お前小学二年生だよな?


「それだったら、お父さんに都こんぶをねだる必要はなかったんじゃないの?」


 妻が問うた。確かに、その通りだ。もっと他に欲しいものがあっただろうに。


「分かってないなあ。今すぐ食べたくなったんだよ。都こんぶの魔力には、誰も勝てないのさ……」


 哀愁のある顔で、息子が呟いた。子供は、目の前の欲望に弱い。というか、別に都こんぶはおまけで買ってあげても良かったのに。この子は真面目すぎる。


「重いから、気をつけるんだぞ!」


 サンタがそう言って、大きな袋の方を車にねじ込んだ。

 袋の中から、人の声が聞こえる。何? 誰?

 

 妻が、慎重に袋を開ける。すると突然、袋の中から腕が飛び出してきた。


「きゃあ!」

「ぶはっ、むはっ、はっ!」


 中から出てきたのは、中年の男だった。

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