第2話

 訳が分からなかった。冗談はよしてくれよ、と言いながらバックミラーを見やると──そこにはトナカイがいた。しかも二匹だ。

 

 体の空気が全て抜ける感覚に陥る。恐る恐る、さっきからミラーにちらちら映っている赤い影を覗いた。

 

 ああ、サンタだ。サンタが、俺の車に体当たりしてきやがった。自分の目を疑ったが、妻が叫び声を上げていることから現実だと判断した。サンタの顔は遠目でも分かるほどに紅潮し、今にも爆発しそうだ。例えるならば──赤い悪魔。そんな形相だった。


「くそ……どうすれば……」


 ふとスピードメーターを見ると、時速百キロメートルを超えている。インターチェンジで振り切れるかと思い高速道路に入ったものの、奴は気にせずに勢いだけで突破してきやがった。


 トナカイの荒い足音が、振動となって伝わってくる。それが焦りとなって、アクセルを踏む足に力が入った。


「ちょっと! あなたスピード出しすぎよ!」

「じゃあどうしろって言うんだ? ここで追いつかれて停車することになったら、それこそ危ないじゃないか!」

「もう、二人ともケンカはやめてよね」


 こういうとき、なぜか子供は冷静だ。いや、うちの息子だけかもしれない。


 息子はおいしいと言いながら、さっき買ってやった《都こんぶ》をしゃぶり尽くしている。ほんとうにこれがクリスマスプレゼントでいいのだろうか。百円も払っていないぞ? というか、さっきまで泣いてなかったか?


「ああ、ごめんな。ちょっと頭に血が上ってしまった」


 息子のおかげで、冷静さが戻ってきた。


「高速道路は停車すると危ないし、警察を呼んでも多分追いついてくれない。一旦下りようと思う」

「そうね。でも、下りてからどうするのよ?」

「大通りを逸れて、細い道に入って撒こう。あいつはバカみたいにでかいソリに乗ってるし、トナカイも異常にデカいから、多分入れないんじゃないか?」

「分かったわ。私はあいつらの状況を伝えるから、あなたは運転に集中して」

「ああ、ありがとう」


 なんだか家族が一つになった気がする。やはり家族というのは、助け合ってこそだ。家族を守るためにも、絶対に逃げ切ろう。


 案内標識が目に入る。坂出北IC。よし、ここで出よう。

 左手に、下りの道路が目に入った。さあ、車線変更を──。


「あなた! あいつ、急に速くなってるわ!」

「え?」


 ふと左を見ると、トナカイが真顔で走っていた。ヨダレに無駄な躍動感がある。くそ、追いつかれた上に、塞がれた。これじゃあ下りられない。あいつ、高速道路で煽り続ける気か。

 

 下りずにこのまま走るしかない、と意思を固めたところで、右側からも足音が響いてきた。おいおい、勘弁してくれよ……。


 右を見ると、案の定トナカイがいた。やばい、挟まれてる。


 サンタはトナカイを繋ぐリードをいっぱいに伸ばし、V字型になって俺の車を囲んでいた。このまま行くと……瀬戸大橋か。本州と四国を結ぶ大きな橋で、長さも日本では三本の指に入るだろう。確か、鉄道も通っていたような──やばい。ここで事故でも起こしたら、かなり大勢の人に迷惑をかける。


 右から、小さな衝撃が伝わった。トナカイがぶつかってきたか? でもそれにしてはそんなに揺れていない。


 横の窓を見ると、べっちゃべちゃに濡れていた。鼻くそらしきものも付いている。


「うわー、汚い」


 妻と息子が、声を揃えて呟く。このトナカイ、車の窓で鼻拭きやがった。ゆるさん。その赤い鼻を笑ってやる!

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