サンタ、煽る。

鼻唄工房

第1話

 俺が思うに、人間にはみな裏表がある。


 パワハラを生きがいにしている上司が、実は実家暮らしのマザコンだったり、小難しい頑固な陶器職人が、実はマザコンだったり、いつもは優しくて頼りになる彼氏が、実はマザコンだったり……。


 大事なのは、『みな』という部分だ。皆さんはおそらく失念しているだろう。この世には、人間だということを忘れられて生活している人がいる。そう、サンタクロースだ。


 確かに、彼らは人間離れしていると言っていいだろう。毎年十二月二十四日の深夜にのみ現れ、トナカイが引く空飛ぶソリに乗り、家宅に侵入し、眠れるちびっ子たちの枕元に忍び寄り、ひっそりとプレゼントを置く──こんな芸当、我が国が誇る忍者だってできない!


 皆さんが彼らを信じない気持ちも分かる。だが、俺は彼らが存在することを示す根拠を持っている。なぜなら今、俺はサンタクロースに追われているからだ。もっと言えば、あおり運転をされている。あのソリで。


 先ほど俺は、人間に裏表があると言った。サンタも例外ではない。ほら、だって現に、あんなに怖い顔をして俺を追ってきているじゃないか。

 

 プレゼントをくれると思ったら、あおり運転をするほどの凶悪な一面を持っているのだ。きっと服が赤いのは──おっと、怖い妄想は止めて、運転に集中しなければ。


「お父さん怖いよ……」

「あなた、一体どうするのよ?」

「ちょっと黙っててくれ! とにかく今は逃げるしかないだろ!」


 アクセルを全開にして、俺は汗ばむ手でハンドルを握りしめていた。バックミラーでちらちらと後ろを確認しながら、家族にばれないように、全身の震えを必死に押さえ込む。


──俺がびびってどうする。


 自分に活を入れてみるものの、子供のすすり泣く声が余計に不安を煽ってくる。ただでさえサンタに煽られてるというのに。


 それは、突然だった。今日はクリスマスイブ。というわけで、息子のプレゼントを買いにドライブに出たのだ。サンタとは別に、俺からのプレゼントである。そしてその帰り道、車に強い衝撃が走った。そして、驚いて後ろを振り向いた息子が泣きながら言い放った。


──お父さん、サンタさんが追っかけてきてる!

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