第11話

 シェリムが得意げにマルトに語りかけた。

「なぜ私が理性を保てるのか、わかる? これまで誰も味わったことのない絶望を経験してきたからよ。こんな幻想の中での恐怖など他愛もないこと」

「ダリルを失った私の悲しみとは比べ物にならない……」


「ダリル? はん、結局みんな自分に都合のいい話に足を向けるだけで、簡単に人を見捨てる。こんな世界、魔物に喰い尽くされてしまえばいい。それが私の願い」

「自分の悲劇に他者を巻き込む権利など、あなたにはない」


「私には権利がある、自分を裏切った奴らと社会への復讐という名の権利が。私の研究成果を奪った挙句、生体兵器開発に勝手に応用を始めた。だから試薬を盗み出してばら撒いてやったの、私の発明だとわかるように……。もうあなたの変容が切れる時間ね、これでお終いにしてあげる。ダリルの待つ場所に行きなさい」


 シェリムは背中から黒い翼を広げると、羽根をまき散らしながら飛び上がった。両手から鋭い爪が長く伸び、マルトの顔めがけて襲いかかる。


 ガチンと鈍い金属音が室内に響く。シェリムの爪は三叉さんさに変化した鎌にさえぎられ、マルトの顔には届かなかった。

「なぜ……変容が解けないの?」

 マルトの口がシェリムをさげすむように微笑んだのが、髑髏の仮面の隙間から見えた。

「さあ? どうしてでしょう。あなたのように魔神と偽る愚かな人間を地獄に送ることが、私の仕事なのかもしれない。今は身も心も『グリム・リーパー死神』と化しているわ」


 マルトは爪を弾き返すと、両腕を大きく天にかざした。

シェリムの頭上で鎌の刃先が禍々まがまがしい光を放つ。シェリムはその刃先を茫然と見つめた。

「地獄に堕ちなさい……」

 鎌が振り落とされると、白い床一面がワインレッドの薔薇模様で埋め尽くされた。

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