第9話

 ローヌ街の高層マンション最上階でインターホンの呼び出しベルを鳴らす音が響いた。

「……はい」

「シェリムさんですか?」

「どちら様でしょう」

「警察署員です」

「ご要件は?」

「ダリルのことでお話したいことがあります」

「ダリル? お待ちください、今ドアロックを外します。奥まで入ってきてください」

 カチリという音がすると、解除されたドアをマルトは静かに開いた。

 

 長い廊下には、暗色あんしょくを基調とした人々の苦悶に満ちた表情が描かれた陰気な絵画の数々が飾られていた。奥の部屋に辿り着くと、黒いベルベットドレスを着こなした妖艶な女性が、グラスを片手に夜景を眺めていた。

「いらっしゃい、お酒でもいかが? 年代ものの豊潤な赤ワインよ」

 

 グラスを揺らす女性の姿を見て、マルトは邪悪なほとおりがこみ上げてくるのを感じたが、呼吸を整え冷静に質問した。

「……タブレットをダリルに渡したのは、あなたですね?」

「タブレット? 何のことかしら?」

「とぼけないでください、さっきあなたのところへ行くと言って、部屋を出て行きました」

「お友達? ダリルさんがどうかされました?」

「……トランスビースト化して命を落としました」

「そうですか、それはお気の毒に」

「あなたを違法薬物乱用容疑で署に連行します」マルトは警察手帳の身分証明書を掲げた。

「その証明書、仮発行のアシスタント用じゃない。私を拘束する権利はないし、民営警察に一報すれば、あなたをクビにすることもできるわよ」ククッとシェリムは笑った。


 その言葉にマルトの中に籠もっていた熱は一気に放出され、歪んだ空気が彼女を覆った。

「そう、それなら……私が今ここで報復するわ」タブレット画面の明かりがマルトの顔を妖しく照らした。

「それが噂に聞く変容端末ね。そんなまがい物でこのタブレットに敵うのかしら?」

 シェリムは錠剤を一粒指で摘まむと、ちらつかせた。

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