第4話

「ただいま」

 マルトはタルスコンティにある雑居アパートの一室のドアを開けると、部屋の中は暗闇に覆われていた。

 ドアの横にあるスイッチを押すと、蛍光灯がぶつぶつと鈍い音を立てながら点燈した。

 部屋の中には散乱したビール缶と、床に置かれたままの汚れた皿、そしてイーゼルに立て掛けられた大きな描きかけの油絵があった。


「ああ、マルトか。遅かったな」

 ソファで横になっていた男はむくりと起き上がると、テーブルにあった缶を口にしたが、空だったので床に投げ捨てた。


「ダリル、食事は取った? 今日は何してたの」マルトはコートを脱ぐと、キッチンのレンジに冷凍ハンバーガーを入れて、タイマーのダイヤルを回した。

「冷蔵庫にあったものを適当に漁った。何していたって……絵を描いていたに決まっているじゃないか」


 レンジのアラート音がけたたましく唸ると、マルトは黒焦げのハンバーガーを取り出し、口に頬張った。

「全然進んでいないじゃない、まだ荒描きすら仕上がっていない。本当に展覧会のコンテストに出品する気があるの?」

「イメージが湧かないんだ……。この世の終わりを告げる天使の慟哭どうこく。どんな絶望的表情をするのか? わからない」


「テーマを変えてみたほうがいいんじゃない? 以前のような華やかな街並みの風景画に……」

「そんな絵、今時流行らないんだよ。人気があるのは、胸が締めつけられるような苦悩に満ちた退廃的画風と色彩。まさに現代を投影したような絵画なんだ」

「でもそれが本当にあなたの描きたい絵なの? 観者の心を温かくするような絵画を目指していたんじゃないの?」

「君はいい、元々器用だし才能もある……。絵のアルバイトで大金をもらっているんだろう? 俺には何もない、みんなをあっと驚かせる作品を出さないと絵描きをやっている意味がないんだ。でも俺にもチャンスが回ってきた……。ローヌ街の裕福なアートコレクターから声がかかってね、この絵が完成したら買ってあげてもいいと言ってくれた」

 ダリルはテーブルに置いてあった名刺をマルトに差し出した。

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