第3話

 女はポリスオフィスに戻ると、報告書の提出のために警察署長室のドアを叩いた。

「入ってくれ」

 ドアを開けると軽く敬礼し、報告書を記したタブレットを署長に差し出した。


 署長はタブレットを片手で掴み、データを眺めながら女に話しかけた。

「被疑者は二十五歳の彫刻家。若年層のトランスタブレット変容錠剤服用が横行しているな」

「はい、このタルスコンティでは生活に苦しむ若者の薬物乱用、凶悪犯罪が増加の一途を辿っています。どこから流通されているものなのか、いまだに不明です」

「トランスビースト化した人間は理性を失くし、狂暴な怪人と化すから警察の手には負えない。それを止めるのが君の役目だが……。マルト、この仕事はもう慣れたか?」

「いえ、あまり気持ちの良いものではありません。なによりも私はこんなことをするために絵描きになったわけではないですし」


 タルスコンティ周辺の治安は民営警察『セキュリシティ』に委託されている。画家を目指すマルトには生活を維持するための資金が必要だったが、画力を見込まれ民営警察に採用された。

「トランスタブレットは薬物の効果で人間の退化を誘発し、恐怖の概念を実体化させる。それに対抗するために開発されたのが、同じタブレット……と言っても電子端末からの特殊視覚信号で細胞進化を触発し、急速変容トランスフォームさせるもの。錠剤の成分を分析して応用しただけだがな。それには変容イメージを創造できる描画力クリエイティブ感応力センスが必要だ。君のような人材がいてよかったよ。 ……我々が危険を冒す必要がないからね」


「私の寿命と引き換えに……ですよね」

「急速変容の副作用はたしかにひどいものだが、変容時間を短縮しているから命を落とすことはないと科学研究班が言っていた。それにこれはお互いの利害が一致していることだろう?」


 署長はにやりと品のない笑みを浮かべながらタブレットを返すと、デスクの引き出しから封筒を取り出し、マルトに手渡した。

「今日の報酬だ、またトランスビーストが出現したら連絡する」

 マルトは封筒に入った数十枚の札束を確認すると、一礼した。

「……ありがとうございます」


 ポリスオフィスを出ると、路面を叩く雨は勢いを増して水しぶきを上げていた。マルトはコートのフードを深く被ると、青く光る地下鉄の入口へと走っていった。

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