第四話 パープルの困惑

 サプリンが私と佐渡さわたりを見比べる。


「あんた達知り合いか? なら手間が省けたな。佐渡はサプリパープルだ。あんずはサプリイエロー」

「あんずって並木なみきさんの下の名前ですか?」


 少女になった佐渡が小首を傾げる。ウェーブのかかったツインテールも一緒に傾いて柔らかに揺れている。不覚にもキュンとした。


「いえ名前は杏子きょうこなんですけど、あんずの子と書くので、あんず」

「なるほど。可愛らしい名前ですね」


 その魔法美少女姿で話されるといちいち心がときめくが、元のボヤッとした30代の佐渡を想像するとそのギャップに少し笑いそうになる。


 今の佐渡は薄く紫がかった自然な髪色で、色白の肌は透明感を増していた。瞳もどことなくバイオレットが入っている。

 しかし優しげな顔のパーツや表情の作り方は確かに元の面影を残していた。


「佐渡は先週の日曜日に魔法少女になったばかりだ。あんずとそんなに変わらないから、二人で協力しながらやっていくといい」


 1週間前に変身していたということは、この間職場で挨拶した時にはもう魔法少女だったのか。

 佐渡にいつもと違う素ぶりは特になかったはずだ。平静を装うのが得意なのか、あまり動じない性格なのかもしれない。


「佐渡さんはなんで魔法少女をすることにしたんですか?」

「私ですか? 私は……自分の殻を破るため、ですかね」

「殻を破る」

「ええ。弱点……みたいなものを克服するきっかけになればと思ったんです」


 佐渡は慎重に言葉を選びながら答えた。どことなく居心地悪そうにはにかんでいる。


「並木さんはどうして魔法少女を?」


 いざ聞き返されてみると、とっさに答えが見つからず考える。


 私はなんで魔法少女になることを決めたのだろうか。やらないで楽な方に流れるのは甘えだから? やらなければいけないような気がしたから?

 何のために魔法少女をするのか。


 佐渡が黙り込んだ私の返事を待っている。答えは見つからない。


「よく分かりません。なんで魔法少女を引き受けたのか」

「そうですか」


 佐渡は別段気に留めるでもなく言った。不思議と冷たさは感じない。それ以上訊いてくるでもなく、分からないと答えたことに呆れたりもしない。


 そのつかみどころのなさが新鮮で、なんとなくパープルらしい性格だと思った。


「よし! 2人揃ったことだし行くか」


 サプリンがフワフワと浮かびながら進む。


「行くって、どこに?」

「決まってるだろう。人助けにだ。人がいない所で人助けはできないんだから」

「それはそうだけどまだ心の準備が。もう少し魔法の練習もしたいし」

「実践した方が早く慣れる。こういうのは練習すればするほど不安になるもんだからな」


 そんな無茶なと思って佐渡を見る。佐渡は私の方を向き、小さくガッツポーズを作った。


「私も不安ですが……一緒に頑張りましょう!」


 そんな可愛いポーズで言われると困る。私は逃げ道がなくなったことを悟り肩を落とした。


「しょうがない。行くしかないか」


 それに一人よりは二人の方がまだ人前に出やすいだろう。渋々公園から出ようと私は足を踏み出した。


「待て」


 サプリンが肉球のついた小さな手を上げ私を止める。

 行こうと言ったのは自分ではないかとサプリンを睨んだ。せっかくの決意がまた引っ込んでしまいそうだ。


「なによ、行かないの?」

「……聞こえる。信号をキャッチしたぞ。助けを求めてる」


 サプリンは三角の耳をピピッと細かく動かした。私も耳をそばだててみるが何も聞こえない。サポートマスコットの能力だろうか。


「こっちだ。行くぞ!」


 そう言ってサプリンはもうスピードで飛んでいく。私は佐渡と顔を見合わせ、急いで後を追いかけた。


 通勤以外まともな運動をしないせいで筋力が落ちてもうずいぶん経つ。しかし不思議なことに、その走る足取りはいたって軽いものだった。


 今までこんなに軽々と走ったことはあっただろうか。思うように風を切るのは実に清々すがすがしかった。街並みがぐんぐん通り過ぎていく。


 これなら走るのが楽しくなりそうだと思い始めた頃、開けた場所に出る。


「着いたぞ、ここだ」


 サプリンが浮遊したまま止まって建物を指した。そして私の肩に乗り、ぬいぐるみのように脱力する。


 辿り着いたのはスーパーマーケットの前だった。午前中だが日曜のため人は多い。別に変わったところはなさそうだ。誰が助けを求めているのか。


 おもてをぐるりと見渡す。いた、あれか。入り口の前で若い主婦と思われる女性がしゃがみ込んでいる。


 体調が悪いのかと慌てて駆け寄ると、地面に散らばった食材や日用品を拾っていた。おそらく買ったものをばら撒いてしまったのだろう。

 そのすぐそばでは、小さな男の子が不満を全面に押し出して泣いていた。親子のようだ。


「大丈夫ですか? 手伝います」


 私は女性の横にしゃがみ一緒になって拾う。卵も落ちているが割れていないだろうか。トマトはなんとか無事だった。


 立ち止まって見ていた佐渡もワンテンポ遅れて手伝い始める。


「すみません、すみません」


 女性は私たちに迷惑をかけたことを何度も謝った。手伝ったのはかえって気にさせてしまったかもしれない。


 私の隣で拾っていた佐渡の手が止まった。どうしたのかと視線をやる。


 佐渡は腰についたリボンの端を、男の子の小さな手に掴まれ固まっていた。興味を持たれたらしい。どう対応したらいいか分からないのだろう。

 私に視線で助けを求めてくる。助ける側が助けを求めてどうするのだ。


 私は困惑する佐渡が面白く、笑いをかみ殺しながら男の子に手を差し出した。


「ほら、お姉さんの方に来てみない?」


 男の子は私を見定めるようにしたかと思うと首を横に振った。余計に佐渡のリボンをぎゅっと握りしめる。


「あら、ダメか。やっぱりイエローよりパープルの方がいいのかなあ」


 拾い終わった女性は焦ったように謝り、男の子に戻るよう声をかけた。


 しかし男の子はよほど佐渡のリボンが気に入ったのか離そうとしない。困り果てた佐渡の眉が下がり切っている。私はついに笑いを抑えきれずに吹き出した。

 佐渡が観念したように言う。


「構いませんよ。気に入ってくれたのならよかった。泣き止んでくれましたし」


 女性が少しほっとしたように表情を緩める。私はサプリンの、人の心と関わるという言葉を思い出した。そうだ。


「もしお時間大丈夫だったら、そこのベンチで少し休みませんか?」


 私は店の壁際に備え付けられているベンチを指差した。



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