第三話 ステッキとふたりめの少女
私たち、私とサプリンはひと気のない公園にいた。もうすぐ秋かという穏やかな季節が心地良い。
もし人に見られたとしても、コスプレの撮影か動画でも撮っていると思ってくれるだろう。そう私は腹をくくる。いや、そう思わないと恥ずかしくて引き返したくなるのだ。
「あんず、まずは変身だ」
「えっと、このサプリを飲めばいいんだっけ」
さっきサプリンからもらったピルケースからカプセルを一つ取り出す。見たところ普通のカプセルだ。家から持ってきたペットボトルの水と一緒に飲み込む。
サプリが喉を通ったと同時に私はたくさんの光の粒に包まれた。粒同士のふれる音がパチパチと響く。
やがて光はすっと消えて、ステッキを持った魔法少女が完成した。
「できた……」
「次は魔法だな。部屋でも言ったがステッキの魔法は万能じゃない。魔法使いのように自由自在には使えないし、攻撃魔法も出せない」
「何もできないじゃない」
「あくまでステッキに魔法が宿っているのであって、あんずに魔力があるわけじゃないからな。仕方ないだろう」
「じゃあ何ができるのよ」
「例えばステッキ自体が
少しがっかりした。もっとすごい魔法が使えるかと期待していたのだ。
私が目に見えて肩を落としたのを気にしたのか、サプリンは付け足す。
「そう気落ちするな。ステッキの浮遊は大抵の重いものには耐える。つまり、あんずがぶら下がればそのまま飛べるんだ」
私はステッキに両手でぶら下がるフリフリ姿の自分を想像する。なんて格好悪いんだろう。
「重さに耐えて浮き続けるんでしょう? それなら魔法のほうきみたいにまたがって飛ぶ事はできないの?」
「理論上はできるぞ。あんずがこの細いステッキにまたがったまま、安定して飛べるのならな」
確かにいくら身体能力が上がっているといっても、何の支えもない状態でグラつかずに飛び続けるのは難しいだろう。
「とりあえずステッキを浮かせてみな。これもステッキに願いを込めればいい」
ステッキを横に持ち、体の前に構える。
「浮いて」
握る手をほんの少し緩めた。しかしいきなりそう上手く行くはずもなく、ステッキは重みのある頭の方から落ちそうに傾いてく。私は慌てて両手で掴み直した。
もう一度、イメージを持って強く念じる。息を吐き集中する。
「浮いて」
今度は手にかかっていたステッキの重みがふっと無くなった。ゆっくりと手を離してみる。するとステッキは私が持っていた高さで固定され浮いていた。
「なかなかセンスがいいな、あんず!」
サプリンは嬉しそうに
「次はぶら下がってみるか。少しでも飛んでみたいだろう」
それは私が憧れる飛び方ではないという気持ちをなんとか抑えこみ、浮いているステッキに両手をかける。鉄棒みたいだ。何と願ったらいいのだろうと少し考える。
「……上がって」
じわじわとステッキが持ち上がり、腕が伸びる。ついに足が少し地面から離れて、浮いた。すぐに手のひらが痛くなり、ばっとステッキから飛び降りる。
足にキンとした地面の衝撃が響くかと身構えたが柔らかな着地だった。
身体能力が少し上がるというのはこういうことかと理解する。
着地の衝撃が緩やかだったのは、身体能力の向上で筋肉や関節の使い方が上手くなっているためだろう。
「よし。あとはバリアだな。構えたステッキの前に見えない壁が出来上がる魔法だ。これはステッキが自分を守る作用と考えたらいい。だからステッキがない方向からの攻撃には対応していない。例えば……あんず、壁を作るイメージでステッキを体の前に出してみな」
私はステッキの浮遊を解き、両手で前に押し出すように持った。
サプリンは近くの小石をひとつ拾って構える。
「いくぞ」
そう言って石をこちらに投げてきた。思わず首をすくめる。
しかし小石は私には当たらなかった。ステッキの前に張られた見えない壁に当たって跳ね返されている。
「本当だ、すごい」
「だがあんずがそのままの体勢では、俺が背中側から石を投げても防げない。つまりあんずが壁になってステッキを守っているから、ステッキは自衛のための壁を張る必要がないんだ」
サプリンは素早く私の後ろに回ると小石を投げた。見事私の背中に命中する。
「痛いっ!」
「これで何となく理解しただろう。おおまかなステッキの魔法はこんなもんだ。この2つの魔法は、さっきの浮遊から上昇みたいに多少の融通や派生ができるから、うまく使うといい」
そこまで説明すると突然、サプリンは何かを察知したように空気の匂いを嗅いだ。
「ちょうどいい、そろそろ仲間がくるぞ」
「仲間? 私1人じゃないの?」
「ああ。魔法少女でイエローだけじゃ寂しいだろう」
「それは心強いけど。何色?」
その時、私に負けず劣らずヒラヒラとした格好の美少女が公園に飛び込んできた。
「すみません。遅くなりました」
彼女は紫色の服に身を包み、頭の高い位置で二つ結びにした髪はふわふわとカールしている。私は思わず呟く。
「パープル、ツインテール……」
「え? 何か言いました?」
すごく可愛い。私は子どもの頃、パープルの魔法少女が1番好きだった。クールで大人っぽくミステリアス。少し羨ましい。
パープルの魔法少女は私をじっと見た後、何かに気づいたように固まった。顔を伏せながら気まずそうにする。
「違っていたらごめんなさい。でも。もしかして並木さんですか?」
なぜ私の名前を知っているのだろう。どこかで会っていただろうか。もしかしたら、私のように若返ったりしているのかもしれない。
思い出すべく首を
「佐渡です。職場で一緒の」
「サワタリ」
言われた名前をオウム返しにする。職場ですれ違った頼りなさげな心理士の顔がよみがえった。彼は30代前半の男性。だったはずだ。
「佐渡さん! 年齢だけじゃなく性別も変わるんですか!」
「そうみたいです」
佐渡は普段とおなじく目尻を下げて、恥じらうように微笑んだ。
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