第6話 side芽衣 3姉妹の思い出

日記

2022年8月18日

 のこされた小説を頼りに私は小説を書き進める。

 私は、この小説を書く意味が分からない。

 不意に、呼ばれた自分の名前に違和感を感じる。

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 あれは麻衣お姉ちゃんがうちに来てすぐの頃だった。


 麻衣お姉ちゃんはお父さんの再婚相手の、今のお母さんの連れ子だった。

 私達より少し年上で何というか男前な感じの人だった。

 私達はまだ彼女をしっかりと受け止められずにいた。


・・・


 学校の帰り道、たまたま亜衣と出会い一緒に帰っていた。

 亜衣は私の姉で、同じ高校の学年違いだった。


「亜衣は麻衣お姉ちゃんと何か話した?」


 私はまだ二人で話もできていなかった。


「んー、まだあまり話す機会が取れてない感じかなぁ。

 別に嫌いとかじゃなくてまだ急すぎて整理が出来て無い感じ」


 私も同じ様な感じだった。


 麻衣お姉ちゃんはもう社会人として仕事をしている。

 事務の仕事をしているらしく土日以外は5時まで仕事をしている。

 あまり勤務時間は長くない。給料もそれほど多くは無いので実家暮らしだ。

 世間的にはどうなんだろう?あまり褒められたものでも無いのかもしれないけど

 節約家で家にもちゃんとお金を入れているらしい。

 彼氏とか結婚とかは全くないらしい。

 これはお母さんと麻衣お姉ちゃんが食事の時に話していた内容だった。


 私達は下校時にいつも通る公園に寄ってたわいない話をしていた。

 すると亜衣の同級生らしき男子3人組が現れ話しかけて来た。


「あれ?こんな所で会うなんて奇遇だな」


 まぁ公園だし学校の近くだ。同級生に会う事もあるだろう。


「お前、別クラスの子に告白して振られたらしいな。

 *トランスジェンダーって噂は本当だったのか?」


 何ともデリカシーのない奴だ。


「あなたに何か関係ある?」


 亜衣はそっけなく言う。


「いや・・・、関係は無くは無いと言うか・・・何というか・・・」


 あ。これはあれですね。亜衣の事をあれなやつですね。

 実は亜衣は美人だ。見た目もちゃんと手入れしている。

 ただ、亜衣は男の子に興味はない。

 本人が言うには見た目は『その方が都合がいいから。』らしい。

 我が姉ながらカッコいい。


「じゃあ私達行くから」


 そう言ってその場を立ち去ろうとすると、男子は鞄を掴む。


「ちょっと待てよ!」


 亜衣は少しよろめく。

 その瞬間どこかから声が聞こえる。


「うちの妹になにしてんのよおおおお!」


 物凄い勢いで走ってくる女性がいた。

 

 麻衣お姉ちゃんだ・・・。


 しかも麻衣お姉ちゃんはそのままの勢いで・・・


 それはもう鮮やかなドロップキックを男子に放った。


 男子は2mは吹っ飛んだんじゃないだろうか・・・。


 私は唖然とした。


 完全な勘違いである。少しデリカシーの無い言動ではあったが

2mも吹っ飛ばされるほどのいわれはないはずだ。

 余りにも鮮やかだったそれは、受けた相手を哀れに思うほどだった。


 私はこの光景を未だにはっきりと覚えている。


「亜衣!大丈夫だった!?」


 姉は亜衣を心配している。

 心配する相手が違うよ?


 加害者の共犯者である亜衣はと言うと・・・


「・・・ぷっ!あっはっはっはは。お腹がよじれる・・・」


 お腹を抱えて涙を流すほど大爆笑をしていた。

 なにこの状況・・・。


 私は慌てて状況を説明する。主に麻衣お姉ちゃんに・・・。


「え!?勘違い?じゃあそこに転がってるのは?」


 その言い方は酷すぎる。


「私の同級生。ふ、ふ・・ふふ」


 亜衣はまだツボっている。


・・・


「ほんっとうにすいませんでした!」


 麻衣お姉ちゃんは深々と被害者に頭を下げていた。

 そりゃそうだ。


「いや・・・。もう、いいです」


 幸い大きな怪我も無かった様で、相手もやばい人だと思ったのだろう。

 その場は穏便に収まった。

 そして男子達はその場を去って行った。哀れだ・・・。


「亜衣もごめん!迷惑かけちゃった!?」


 一応、無茶苦茶だった自覚はあった様だ。


「いや・・・。むしろグッジョブ。最高!」


 亜衣は親指を立ててまだ笑いを堪えていた。

 ほんとこの人は・・・。


 それから何でこんな所にいたのか聞くと、

 どうやら仕事を早めに切り上げて来たらしい。


「いやー、まだ私あなた達と打ち解けられていないでしょ?

 だから晩御飯でも作ってきっかけを作ろうと思ったんだけど」


 色々と気を遣ってくれていた様だ。


「良かったら一緒に買出しして帰らない?」


 麻衣お姉ちゃんは今から買出しに行く途中だったらしい。

 私達は3人で買出しに行った。その姿は仲のいい3姉妹そのものだった。


 買出しを終え、日も傾く頃。麻衣お姉ちゃんが言い出した。


「実はこの近くにとっておきの場所があるんだ♪」


 それは近くの神社だった。小高い山の斜面にあり、

 なかなかきつい階段の上にあった。

 買出しの荷物を持って上がるのは結構な労力だった。


 階段を上がり振り返ると・・・。そこには海に沈む真っ赤な夕陽があった。

 季節は春。太陽が最も大きく見える時期だった。

 海面に映った夕陽は縦に伸び波に反射し煌めいていた。

 今日は天気も良くて雲一つない。それは幻想的と言って差し支え無い景色だった。


 それほど高い場所では無いがこの辺りはあまり高い建物がなく

 街自体が高台になっている。

 少し階段を登っただけでこんなにも遠くが見渡せて海が見えるとは思わなかった。


「なにこれ?凄くない!?」


 連れてきた張本人である麻衣お姉ちゃんが驚いている。

 これが見せたかったんじゃないんかい・・・。

 私は心の中でツッコミを入れた。


「これが見せたかったんじゃないの?」


 亜衣も笑いながら言った。


「いや、景色がいいのは知ってたんだけどまさかこんな光景が見れるなんて・・・」


 麻衣お姉ちゃんは感動していた。


・・・


「麻衣お姉ちゃんはトランスジェンダーってどう思う?」


 亜衣は唐突に、普段自分では絶対に言わない様な話題を話した。

 実は亜衣が麻衣お姉ちゃんを、お姉ちゃんと言ったのは

 この時が最初で最後だったかもしれない。


「ちょっと珍しい個性だよね。亜衣はそうなの?」


 麻衣お姉ちゃんはあっさりと言う。


「うん」


「そっか。色々大変だね。もし何かあったら私に言いなさい。

 私はあなた達のお姉さんだからね♪

 おかしな事言う奴がいたらドロップキック食らわしてあげる」


 麻衣お姉ちゃんは真面目な顔をして言う。

 それはどうなんだろう・・・。


「それは・・・、最高だね♪」


 亜衣は笑いながら少し涙を浮かべていた。

 それが夕陽に光ってとても綺麗だった。

 きっとこの時、亜衣はこの人を好きになったのだろう。


 私は神社の方を向く。

 そこにはどこまでも伸びる3人の影が赤とグレーの縞模様を作っていた。

 そして見上げるとそこには月が浮かんでいる。

 夜はもうそこまで迫っていた。


・・・


 その晩、麻衣お姉ちゃんはグラタンを作った。


「味はどう?」


 麻衣お姉ちゃんは言う。


「んー、普通?」


 亜衣は言う。私もそう思う。


「まぁ、箱に書いてある通りにつくったから♪何の工夫もしてないし」


 笑いながら言っていた。

 まぁ買出し一緒に行ったしなぁ。知ってた。

 でもとても楽しい1日だった。

 

「でも初めて作ったにしては上出来じゃない?」


 初めてだったのか・・・。

 良くそれで打ち解けられると思ったものだ。

 でも結果的には私達の距離はこの日、急激に縮まったのだった。



*トランスジェンダー:

出生時に身体で割り振られた性が自身の性同一性またはジェンダー表現と異なる人々を示す総称である。性的少数者のひとつとして挙げられる。

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