#6 始まり
あの日から数日が経ったある日、茶色の大きめのキャリーケースを引きずり繋岸町行きのバスに乗っていた。
あの影に襲われた後旅館で今後について考えた。もちろん枢にも相談したが、「自分で決めるのが大切だよ」と言われてしまう始末だ。
特別何かこの町で暮らす事に抵抗があるわけでは無いが、逆にそれを望んでいるかというとそういうわけでもない。ただ圧倒的に判断材料が不足している。この町で暮らすことのメリット、デメリット色々頭を過って考え抜いた末に出た答えは、最後には気持ちで決めるしかないというありきたりなものだった。その考えに至った時『』という言葉が脳裏を過った。恐らく何かしらのゲームや漫画とかで見たのだろうが、その時の俺にとってはありきたりなその言葉が金言にも思えた。
それから数日後、大きなキャリーバッグを持ってバスへと乗り込む。これから始める新生活に思いを馳せていると『次は繋岸町役所前』とバスのアナウンスが鳴った。バスの壁についているオレンジの降車ボタンを押して準備をする。あの日歩いた繋岸橋を通り過ぎて、見覚えのある建物の前にバスは停車した。キャリーバッグを持ち、バスから降車する。役所の前には見覚えのある人が居た。
「久しぶり、今日からこの町の一員だね」
この町に入ってから出迎えてくれたのは若者姿に扮した枢だった。
「よろしくお願いします、町長」
今日から世話になる町の長なので気を使った挨拶をと思い町長と呼んでみたが、枢からすると何ともむずがゆかったらしく「今まで通り枢と呼んでくれるかな」と言って苦笑いしていた。
「今日はどんな用ですか?」
「用って程でもないんだけど、今日から越してくるって聞いてね。君みたいな例は特殊だから」
どうやらただ単に枢は俺を出迎えに来ただけらしい、こうやって時間を取れている辺り町長という仕事は思ったより暇なのかもしれないと思ってしまう。
枢と少し話しておきたかったが、引っ越し業者との約束の時間が来てしまったので断りを入れてその場を後にしようとする。
「ちょっと待って、これ新入町者に渡すパンフレット、入学までにこれ読んどいて」
そう言うと別れ際にパンフレットを手渡してきた。それを受け取ると急いで新居へと向かった。
ドタバタから始まった引っ越しも夕方くらいには終了し、つかの間の落ち着いた時間がやってきた。部屋の隅に置いたバッグから渡されたパンフレットを取り出して読み始める。どんな内容かと思ったが、ゴミ出しの日や町内のハザードマップ等がまとめられた普通の資料だった。
一通り読み終えると、時間も遅いし事前の準備として制服と鞄を用意していた。ふと明日の朝食をどうしようかと思ったが、夜に出歩くと何か嫌な事が起きそうなので、今日は眠ることにした。
翌日、新居のベットから体を起こす。アラームは掛けてあったのでいつも通りの時間に起きれていた。いつもより慎重に身支度を済ませると昨日準備していた制服を着て学校へ向かう。
今日から通学する学校は繋岸高等学校という名前でよくある地域に根付いた学校である。とここまでが普通の人が知っている情報で、この町に根付いた高校という所がこの高校の異常性を強く表している。
とは言ってもこれらの事は予想で本当の所は枢から事前に聞いた、この力についての学習を行えるという事だけしか知らなかった。残りの部分は某有名百科事典サイトを見てから得た情報である。学校へは簡単に行ける場所を選んだので、通学路は河川敷を真っ直ぐ行ってすぐにあるので道に迷ったりすることなく到着した。
初日はクラスへの挨拶から始まるというのは事前に聞いていたので、慣れない校内ながらも職員室へ向かう。
「失礼します、本日よりお世話になる道波です」
職員室の前でなるべく聞こえやすい様に大きい声で呼び掛けると、奥の方からボサっとした髪の男性教員が近づいてきた。
「あー道波君だね、俺は君の編入する1-Cの担任の
続けて俺も「よろしくお願いします」と言うも、榎森はさほど興味無さそうに「じゃあこれ、必要な書類だから書いといて。あと少ししたら朝礼の時間だから」と言い向かい側に座った。途中で大きいあくびをしているところを見て頭に失礼な考えが頭を過る。渡された書類の必要事項に記入を終わらせると、丁度の時間だったらしく「じゃあ行こうか」と言い職員室を後にした。
教室に向かう途中の廊下で榎本は何度も欠伸をしていた、教師という威厳は感じられ無かったがこの学校では結構な人気者らしく、通りかかる生徒からは『ミッキー』とあだ名で呼ばれていたりもした。暫く歩くと『1-C』と書かれた教室までやってきた。
「ちょっと扉の前で待ってて、そんで俺が呼んだら入ってきてくれ」
そう言うと榎本は教室のドアに手を掛けたが、そこで止まり俺の方に顔を向けた。
「あっ、言い忘れてたわ。道波が枢からどこまで話を聞いてるか分からないけど、クラスメイトは事情を知ってるから、しばらくは注目の的になる事を覚悟しとけよ」
転校生に対する注目というのはこの町に来る前にも体験した事がある、この時はそこまで注意事項として大げさに一言いう事でも無いのにと感じていた。
「その辺は分かってるんで大丈夫だと思います」
俺がそう言うと、榎本は口元を緩めて少し笑った。
「そうか、どこまでを想像しているのか分かんないけど、どうやら大物気質みたいだな」
ドアを開けた榎本は教室に入り何やら話をしており、時々大きい声で歓声が上がっているのが外まで漏れていた。どうやら俺の期待値は結構高いみたいで、最初は緊張していなかったが段々と緊張してきた。廊下で待っていると、急に教室のドアが開き緊張していた俺は少しびくっとしてしまった。
「道波入っていいぞ」
短く告げる榎本に上擦った声で返事をすると覚悟を決めて教室に入った。
初めて入った教室は至って普通の教室で、クラスメイトはざっと数えたところ30人程度。右奥の窓際の席に一つだけぽっかりと空いている席があり、恐らくあそこが俺の席になるんだろうと直感的に悟った。
「それじゃあ道波、簡単に自己紹介をしてくれ」
裏返りそうになる声を必死に抑えて自己紹介を始める。
「初めまして、今日から転入してきました道波真と言います。よろしくお願いします」
必要最低限の自己紹介を終えると、ぶわっと教室から歓声と質問の声が上がった。
「どっから来たの?」や「なんでここに?」等全ての声を聞き取ることは非常に難しく、聖徳太子にでもならないと不可能だと感じるほどだった。興奮している生徒を榎本は落ち着かせると、「道波の席はあそこな」と予想通り右奥の席を指さされた。席に座り通学カバンを机に置くと、前の席の男子が早速話しかけてきた。
「なあ、道波でいいか?俺は氷室司だよろしく」
「よろしく道波でいいよ、そっちも氷室で良い?」
「名前でも苗字でもどっちでも良いよ。所でさ君って...」
氷室はそのまま喋ろうとしていたが、ホームルーム中ということもありその続きを言えないまま榎本に注意されてしまった。どこか浮かれるクラスメイトを他所にクラスに一人だけこの状況に驚いていた人物がいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます