#4 二日目

 昨日は色々ありすぎて疲れていたのか、はたまたいつもよりいい布団で寝ていたからかかなり寝てしまっていた。用意された朝食を食べながら、今日は何をしようかと考える。


 与えられた返答の期限は明日なのでゆっくりできるのは実質今日まで、枢からは明日は同行できない旨を聞いていたので、おのずと自由時間となった。自由時間とはいえど初めて来た町で一人で放り出される訳でやる事に困ってしまう。昨日で主な観光地らしき所は案内してもらったし、かといって旅館に籠っているのも何かもったいない気がする。


 とりあえず行動するかと、着方が曖昧な旅館の浴衣を脱ぎ、洗濯してもらっていた服を着て部屋を後にする。古風な作りの旅館はいかにもといった外観ではあったが、廊下や内装は和モダンを感じられる落ち着いて品を感じられる作りになっている。一体一泊のいくらなんだろう。


 ちょうど旅館を出ようとした時、玄関で掃除をしていた女将さんと目が合った。


 「あら、おはようございます」

 

 昨日見たとき朱色の着物を着ていたが、今朝は薄い藍色の着物を着ている。あまり人をジロジロと見るものではないが、スラっとした長身に和服の装いは非常に魅力的に映り緊張して言葉が詰まる。


 「あっ、おはようございます」


 「今日はどこかお出かけに?」


 「どこに行こうかなって考えてたとこです。なんかおススメとか有りますか?」


 ここに来たのも突然のことなので、どこに行くか迷っている自分にとっては地元民は渡りに船だ。


 「そうですね・・・観光地とかは昨日枢さんに粗方案内してもらったと思うし、悩みますけど、図書館とかどうですか?カフェもあって時間も潰せるし、についても知れますよ」


 女将さんは「事情は、枢さんから聞いてますから」と最後に付け加えた。という事は自分の置かれている状況について知っているのだろう。三日後に決断を下す身としては判断材料が多いに越したことはない。「ありがとうございます、行ってみます」と返事をして旅館の玄関を出た。


 外の景色は昨日と変わらず普通の町だが、空には数人が浮いて空を移動している。このアンバランスさにもこの町に住んでいたら慣れるのか?


 女将のアドバイス通りに図書館へと向かう。時刻は午前11時色々あって出発が遅れてしまっていた。スマホを使って場所を調べて歩くこと数十分、目的地に到着した。正面には『繋岸町立図書館けいがんちょうりつとしょかん』と書いてあった。


 中に入ってみると、正面には受付が常駐するカウンターがあり、そこを起点に左右へと通路が分かれている。案内板を見るに右側が例のカフェで左側が図書館になっている様だ。早速調べものをするために左側へ行くと、図書館利用のパンフレットが置いてあった。探し物が効率的になるかと思い、手に取ってパンフレットを見る。


 (えーっと、左から順に・・・)


 「ん?」


 パンフレットに書いてあった文字を見て思わず声が出てしまう。一目では分からなかったが、よくよく見てみるとパンフレットの端に『この文字が見えている方は必ず受付までお知らせください』と書いてあった。しかもその文字は他の文字とは違い、少し滲んだ様な見た目をしていた。誤字か何かかと不思議に思いつつも、書いてある通りに受付に話しに行くことにした。


 「あの、すみません。なんか左端に書いてあるんですけど」


 受付の男性にパンフレットを渡して見せると、「少々お待ちください」と言い手元にあるパソコンをいじり始めた。静寂な空間にカタカタというタイピング音とマウスのクリック音が響く。何かの処理が終わったのか、受付はカウンターの下から手形が映し出されたタブレット端末を出してきた。


 「新規の方ですね。ではここに手を置いて登録をお願いします」


 「これって図書館利用の為の登録って感じですか?」


 事務的に流れていく作業の意味が分からずに思わず聞いてしまった。

 

 「はい、そうですよ」


 受付の男性はなぜそんな事を聞いてくるんだと言わんばかりにきょとんとしていた。元々この町の外で図書館を利用したことが無かったので、もしかしたらどこもこんな感じなのかも知れない。


 タブレットに手を置くと「そのまま少しお待ちください」と言われた。


 「やけにセキュリティー厳しいですね」


 「まぁ、町外持ち出し禁止の本もありますからね」


 町外に持ち出し禁止?とは何だろうか。おそらくこの町に纏わる文書であろうと予想できるがどんな物だろう。そんな会話をしているうちに気が付くと登録は完了していた。


 「はい、これで登録完了です。それでは、図書館利用の説明をしますので良くお聞き下さい。守って頂くルールが二つ有ります。一つ目、町指定歴史図書については現物を町外に持ち出す事は固く禁じられています。二つ目、町指定歴史図書については原則貸出を禁じています。もし、お読みになる場合は特設コーナーをご利用ください。何か質問はありますか?」


 「えっと、『町指定歴史図書』って何ですか?」


 それ以外にも細々とした聞きたい事はあったが、まずは一番の疑問点から聞くことにした。すると訝し気な眼差しを向けてきた。


 「もしかして君、他所から来た感じ?」


 「あっ、はい。昨日からですね」


 質問に答えると、受付の男性は酷く驚いたのか「マジか」と小声で呟いた。まじまじと俺の顔を覗き込み「その首に掛けてる奴って枢さんから渡された奴?」と聞いてきたので「そうです」と答えると、男性は頭を抱えていた。


 「あの人また・・・いや、ごめんね君は悪くないんだ。君がこの町に来てからの事大まかでいいから教えてくれる?色々と事情があってね。」


 昨日からの話をすると、ため息を吐いてイライラしているのか、ボールペンをカチカチしていた。ボールペンをいじるのをやめると、机の下から一冊の本を差し出した。


 「そうなんだ、教えてくれてありがとう。ちょっと言いにくいんだけど町指定図書読むのはその状況じゃ無理かな。もしよかったらだけど、これでもどうかな?代わりと言っては何だけど」


 どうせやる事もないしと「ありがとうございます」と言い、差し出された本を手に取った。この本は個人的な物なのでカフェで読んでもいいという事だったので、場所を移動して本を読み始めた。

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