#3 繋ぐ街
枢の後を追い俺も執務室から出る。真っ白な壁が左右に立つ長い廊下を進み、自動ドアから外に出る。枢のような人が暮らす町ということで、どんな町だろうと普通の町ではないことを想像していたが、いかにもな文明の利器である自動ドアが庁舎の玄関にあった。
街並みはどんなものだろうと期待をしたものの、至って普通の町の様に見えた。目の前には幹線道路があり見たことある乗用車やトラックが走っており、歩道を歩いている人も特におかしい点は無く、一般的な市民に見えた。町までもがこうも普通だとは思っていなかった俺は少しだけ落胆した。
「思ったより普通だと思った?」
「そうですね、もうちょっと普通と違う感じを想像してたんですけど」
正直な感想を述べると枢は豪快に笑った。
「ごめんごめん君がここまで露骨に落ち込むとは思わなくて、ひとまずは『外からの見た目』を体感してもらうのがいいかと思って」
「『外からの見た目』って何のことですか」
枢に聞くと、一枚の奇妙な模様が描かれているプレートを胸元から取り出した。
「これを首にかけてごらん、道波君」
これで何が変わるんだと思ったが取り合えずもらったプレートを首に掛ける。すると、突然として目の前に・・・と思ったが、何も起きなかった。
「なんも変わんないじゃないですかこれ」
特に変化が感じられなかった事を指摘すると、枢は上を指さした。
「上を向いてごらん」
そう言われて上を向くと、自転車に乗った普通の見た目のおっさんが空を漕いでいた。目の前で起きた急な出来事にびっくりした俺はその場で尻餅をつく。
「うおぁっ!!!なんだこの人」
おっさんは少しだけこっちを見たがペコっとお辞儀をすると、何事もなかったかの様にすぐに前を向き再び自転車を漕ぎ始める。
「こんな感じで、この町には部外者に不都合な情報を見えなくする機能のような物があるんだ。このプレートにはそのフィルターを外す機能が付いてるんだ。すごいでしょこれ」
枢は興奮気味に話すと、尻もちをついた俺に手を差し伸べていた。その顔を見上げると、さっきまでの老年の落ち着いた顔ではなく、肩まで伸びた白髪を携えた、澄んだ青い瞳の美しい青年の様な顔をしていた。
「え?あのどなたですか?」
「これが私の本当の姿さ、いつもは町長としての仕事で対外向きの顔があるから、不思議がられないように見た目を変えてるんだ。だってこんな若者が町長ってねえ。」
枢が伸ばした手を取ると、地面から引き上げられて立ち上がる。
「そろそろいいかな?じゃあ順番に案内していくね」
最初に案内してくれるという、観光名所の繋岸橋を目指す道中、枢はすれ違う人すべてに挨拶をしていた。そして例外なく声をかけられた人は笑顔で挨拶に応じていた。どうやらかなり信頼されているみたいだ。そして、もう一つ気づいた不思議なことがあった。それは枢が全員の名前を言ってから話をしているということだった。よほど記憶力がいいのか、たまたま関わりが深い人とすれ違うことが多いのかは分からなかった。
そんなこんなで、目の前に大きい石橋が見えてきた。その石橋は町を二つに分断している川を繋ぐように架けられており、名前通り岸と岸を繋ぐ様になっていた。
「ここが繋岸橋だよ、こんなに大きい石橋は珍しいんだよ」
石橋は綺麗な単一のアーチで成り立っていた。所々の劣化具合からかなりの歴史があるように見受けられる。繋岸橋の下を流れる川を眺めていると、隣から話しかけられた。
「もう気付いてるかもしれないけど、この橋は町の名前の由来にもなっているんだ」
暖かい春の日差しを受けのんびりと過ごしていると、昨日から続く喧噪から解放された気になり昔のことを思い出す。あれはちょうど今と同じ・・・・
「って、そうだ!こんなことしてる場合じゃ・・・家族が心配して、捜索願とか出されてるかも」
「まあまあ落ち着いて道波君、それについては心配いらないよ。どっちみち君はこの町の規定で三日間は外に出られないから」
枢はどこか能天気に答えた。
「あの三日ってそういう意味だったんですか!?ってか心配いらないってどうゆう事ですか?」
「詳しくは言わないけど、家族だったりその周辺については心配無いよ」
枢に言われると不思議と安心感がある。再度三日より前に帰るのはできるか聞いてみるが、「それはできない」の一点張りだ。とりあえずは信じるしかなさそうだ。
それにしても三日もこの町から出られないとは、完全に予想外だった。てっきり今日中には家に帰れると思っていた。
その後も枢による繋岸町の案内は続いた。時間は過ぎ、一周して繋岸橋まで戻ってきた。ちょうどその頃太陽が沈み夕日が昇ってくる。ひたすらに赤い夕陽が繋岸橋から顔を出し辺り一面を包み込む。まさに絶景だった。
「じゃあ、そろそろ宿に行こうか」
その後は、俺が泊まるホテルに案内された。枢からの謝罪のつもりなのか、連れてこられた宿はこれまで止まったことが無いような高級感あふれる旅館だった。
「こんな所に泊まっていいんですか?」
「いいよ、今回はこっちの不手際があったしね」
「それじゃあ、ごゆっくり」と言うと枢は役所の方面に歩いて行ってしまった。
旅館の暖簾を潜ると、朱色の着物に身を包んだ綺麗な女将さんに部屋まで案内された。案内された部屋は一人にしては広く、一般人には反って落ち着かない感じがして仕方がない。
まずは何よりも先に風呂に入りたかった俺は旅館に備え付けの露天風呂でゆっくりと寛いだ後、テレビでしか見たことが無いような豪華な夕食を食べて床に就いた。ここに来てしまった経緯は不運かもしれないが、この旅館に泊まれたのは紛れもない幸運だったと言える程最高の時間だった。
窓の外には竹の柵が室内の光に映し出されうっすらと見える、電気を消すと光は無くなり、聞こえてくるのは遠くで鳴く虫の声だけだった。
ふかふかの布団とちょうどいい高さの低反発枕に包まれて俺は人生で最高の眠りについた。
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