#2 始まりの予感
あれから幾日経っただろうか、目を開けると明るい光が網膜に進入してきた。最後の記憶では夜だったので、そうとう長い間気を失っていたのだろう。背中に感じる感触は程よい弾力を感じ、予想していた物とは違い杜撰な扱いは受けていないらしく見たところ体の何処にも傷は無い。ソファーから起き上がると、丁寧にソファーの下に揃えて置いてあったスリッパを履き、状況を整理する為に部屋を探索する。
壁には木目が綺麗に並んだ木材が使われており、目線の先には大型の窓ガラスから入る光に照らされた書斎机が置いてあり、机上には飲みかけのコーヒーカップと少しの書類とパソコンが置いてあった。興味本位で机の上の書類を見ようと思い、目の前の書類に手を伸ばそうとした時、急に背後のドアが開きコーヒーカップを持った整った顔立ちの白髪老人の男が入ってきた。
「それは見てはだめだよ」
そう言うと、男は書斎机に向けてゆっくりと歩き始める。不思議なことに先程の言葉を言われてから俺の体は蛇に睨まれた蛙の様に動かなくなってしまった。
「意地悪してごめんね、そこのソファーに座ってくれるかな」
そう言われると体に自由が戻った、子供のころに流行った催眠術のテレビ番組の人みたいな、言葉自体に強制力を感じ不思議な感覚に襲われた。
男はきっちりとした皺ひとつないスーツを着ていた、下にはワイシャツとネクタイを付けており、胸元から覗く臙脂色のネクタイがいいアクセントになっていた。
男は書斎机の席に座ると、ほんのりと湯気が立つコーヒーカップを机に置き一口啜ると、この前の高圧的な猫とは大違いで優しく俺に話しかける。
「起きて早々ごめんね、一つ聞きたいんだけど、なんでここに居るのかは分かってるかな?」
「いえ、何も」
そう答えると、男は額に手を当てて深くため息を吐いた。
「何も分からないまま連れ去られたことだけは分かりますけど」
男は机に突っ伏して再度深くため息をついた。その様はおおよそこの人物の持つ風格にそぐわなかった。席から立ちあがると、俺の前まで来ると深々と頭を下げ謝罪をした。
「本当に申し訳ない!」
意味も分からずに自分より年上の人に謝られるという、突然の出来事に動揺し、どう反応しようか悩んでいると向こうが口を開いた。
「何から説明しようか、昨日の出来事については後で話すとして、まず私から説明しよう。私の名前は
さっきの謎の声には触れず、枢は話を進める。
「そして、なぜ君がここに連れてこられたかというと、君が力を使用したのを検知したから私が『
(・・・・は?何を言ってんだこの人)
先程まで抱いていた信頼感が一気に揺るがされる事態になった。突然頭がおかしくなったように『力』とか言い出した。
「と、言っても君は信じてくれないだろうね。なんせどう使ったかも分かってないくらいだからね。まあとりあえず証明の為に今から力を見せるよ」
すると、枢は机の上に置いてあった書類を一枚手に取ると上に投げた。当然上に投げた紙は地面に向かって落下するものだと思っていたが、何と紙は真ん中から綺麗に折曲がり鳥の様に空中を飛び始めた。空中を自由に飛んでいたが、枢が人差し指を空中に差し出すと紙の鳥はそこに止まり元に戻った。
「これで、信じてくれるかな」
俺は驚きのあまり言葉を失っていた、脳内でこれはマジックの一種なのかと必死に考えたが、どうもただのマジックでは解決できない。だったら・・・・
「大丈夫かい?」
再び声を掛けられたことで、あり得ない光景を見た驚きでぼんやりしていた意識が引き戻された。
「そう・・ですね、一応信じます」
今の段階ではどうも判断できないので取り敢えず信じてみることにする。
「そうか、ありがとう。じゃあ、何でここに連れてこられたのかは理解できたね」
早速次の話に移ろうとするが、もしこの能力の話が本当なら、俺はいったい何をしたのかを聞いていない。
「いや、ちょっと待ってください。俺どんな能力を使ってここに連れてこられたのかがまだ説明されてないです」
「それを説明したいのだけれど、その前に1つ重要な話がある」
枢は俺の前のソファーに座ると、神妙な面持ちで話し始めた。
「今君は、この世界に力が存在することを知ってしまった。このことは本来であれば一般の人には明かしてはいけない情報なんだ」
先ほどの緩んだ空気では無く真剣な面持ちで語りかける。
「そして、君も何かしらの力を持っていることが分かってしまった。これによって君がこれから先、ふとしたきっかけで力を暴発させてとんでもない事態になることがある。もちろんこちらとしてもそのリスクは看過できないので、今から言う事をよく考えて選んで欲しい」
そう言うと俺の前に二本指を立てて話を続ける。
「君が選べる選択は2つある。1つは制限を付けていつもの日常に戻る。2つ目は、力を制御するすべをここで学ぶか。期限は三日設けるから、よく考えて選ぶといいよ」
はっきり言って、いつも通りの日常に戻る事が一番いいと思っているが、制限がつくと言うのが気になる。それとは別に、先程の枢の能力を見て、もしかしたら俺もあんなことができるかもしれないと興味が湧いてしまっていた。
「まあ、猶予はあるから急がなくて大丈夫だよ。そうだな、今日は一日体験ってことで一緒に町を見て回るかい?」
枢はソファーから立ち上がり入り口の木製のドアを開ける。超能力者が住まう町というのはどんなものだろう。何かが始まる予感する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます