無我-crazy in trouble- 2

 五年くらい前から、ここ叶市を中心におかしな病が流行り始めた。

 病魔びょうまと呼ばれるその奇病は、病と名がついているものの、細菌やウィルスが原因の感染症ではない。どちらかと言うと、遺伝子異常による突然変異に近い、というのが専門家の見解だった。

 ただ、感染症じゃないのに地域性があったり、時間と共に発症者数が拡大していたりと、その全容は未だ解明されていないのが現状だ。

 他に分かっていることと言えば、この奇病が三〇歳未満の女性にしか生じていないこと、発症者は凶暴化するなど精神的な異常をきたす傾向が高いこと、そして、発症者の一部に異能が備わることが挙げられる。

 中でも精神異常と異能の力を併発した場合は、猟奇殺人のようにセンセーショナルな事件に繋がることが多い。

 そういった過激な内容を積極的に拡散するマスコミの貢献もあって、すっかり「病魔=危険」という負のイメージが定着してしまった。

 などと口惜しそうに語ってしまったけれど。

 異能者に限って言えば、その存在が危険因子なのはオレも全く同意見である。

 個人的な意見はさておき。

 そういった負のイメージは病魔発症者に対する嫌悪感を世間一般へ抱かせるに充分だったらしい。

 中世の魔女狩りとまでは言わずとも、多数派にとって得体の知れない脅威を遠ざけようとする、不可視の同調圧力――真綿で首を絞められているような息苦しさ――が、今の叶市には蔓延まんえんしている。

 その一つの例が、先刻の店員だ。

 オレが病魔発症者だと気付いた瞬間、感情のシャッターが降ろされた。それでも、彼女は「店員と客」という立場分けがあったぶん、その役割ロールに基づく事務的な受け答えを返すだけで済んだと言える。

 立場も役割も無い、ただの通りすがりが相手であれば、酔っ払いの吐いた汚物でも見るような顔を向けられたことだろう。

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