012

 ランチでは話しきれなかった分は、ディナーに持ち越された。


「はい、エーリカ」


「ありがと」


 今回の一番乗りはエーリカで、オレが最後だ。


「出かける日についてだが、収穫祭の後はどうだ?」


「え~、収穫祭じゃないの?」


「収穫祭?」


 地球で言うハロウィンのことかな。


「10月に行われるもよおしだ。本来はその名の通り、農村による秋の実りへの感謝と奉納ほうのうが成り立ちだが……都市部では祭り騒ぎと消費活動だけが誇張こちょうされた形式に変化したわけだ」


「要は色んな出し物やおいしい食べ物、あと外国の珍しい物が見れたりするってこと!」


「ただし財布の紐が緩んだのを商人が見逃すはずもない。酒や食事などは普段と同じか割安になるが、その分嗜好品しこうひんたぐいの物価を上げてくる」


「えーっと、つまりレイカンは『贈り物をするなら祭が終わってからの方が懐に優しいぞ』ってオレに気を遣ってくれたんだ」


「分かっていることをわざわざ聞き返すな」


 反発的な態度とは裏腹に、実は好意を秘めている人間のことを指すスラングを思い出す。確か……ツンデレ。

 けどレイカンは好意自体を否定して誤魔化さないし、この場合は違うのかな。そう聞ける相手にはもう、会えないのだが。


「オレの財布を心配してくれるのは嬉しいけど、祭りってそういうものじゃない? それにオレはこの国のことを何も知らないし、色々見てみたいな」


「じゃあ収穫祭の一番盛り上がる時はどう?」


「10月の最終週か。俺は構わないが」


「オレも」


「決まりね!」


 3人で外出するのは夏季休暇の風呂屋通い以来だ。待ち遠しい。


「そういえば貴族の外出みたく騎士に護衛してほしいんだけど」


「確かに人も多いし、学院生ならつけるのが普通だもんね」


「なら依頼先を探さねばならないが……時期的に吹っ掛けられるのは覚悟しておくんだな」


「いつも通りアタシ達だけでも平気だとは思うけど」


 2人はそうだろうが、オレは違う。


「……念の為だよ。安全に越した事はないから」


 *


「言い辛いんだけど、そもそも貨幣がそれぞれどんくらいの価値なのか知らないんだよね」


 学期が始まり2度目の週末。

 キャンパスを歩きながら、隣に並んだ2人へ問う。


「何度か市場を見てるから、断片的には分かるんだけどね。露天の串焼き肉が1本で小銅貨1枚とか」


「じゃあ銅貨1枚は?」


 エーリカが指を立てる。オレへクイズを出すような口ぶりだ。


「食事処でパンと野菜スープ、ビールも1杯は注文できるくらいかな」


「そこが庶民向けの食堂で、冬じゃなければな」


 頷くレイカン。


「けど小ぎん貨から上はもう分からないや」


「アタシもパッとは思い浮かばないかなぁ」


「あくまで俺の肌感覚でいいのなら、話すが」


 俺は目線で合図し、続きを促す。


「小ぎん貨1枚は、都市労働者が節制した場合における半月分の食費だな。当然、酒と肉は抜きだ。これも食料が高騰しがちな冬以外の季節の話になる」


「我慢ナシで飲み食いしたら月あたり何枚必要?」


「少なくとも4枚は下らないだろうな。で、ぎん貨だが……これが一番例え辛いな。粗悪品じみたはがねの剣、と言って腑に落ちるか?」


「全然」


 即答するエーリカ。俺も正直ピンと来ない。

 そういえば、ジーゼ商会で口座開設した時の手数料がぎん貨3枚だったはずだ。それがどの程度だったのか気になる。


「上質なラノイ産ワインを1樽ここギュンネーまで輸入する、はどうだ?」


「アタシはお酒は飲まないから」


「ならば服だ。新品のチュニックがぎん貨1枚だろう」


 チュニック……すそが長すぎるロンTみたいな服か。それがぎん貨1枚?


「やっぱりお店で買うとそれくらいするんだねぇ」


「いやいや、高くない?」


 今まではまだ納得できたが、この世界とオレの価値観が急にズレた。


「そうだな。だから貴族と違い庶民は大抵自分で服を作るし、補修して大切に着る」


「アタシが着てるこれも、学院の合格祝いにお母さんが縫ってくれたものなんだ」


 はにかむエーリカ。心のなかで散々素朴な服だと思っててごめんなさい。

 ただ、この世界に来てから見た人間が大抵貴族だったからだと言い訳くらいはさせて欲しい。


「ちなみにさっき言ってたラノイって何?」


 罪悪感から逃れたいがために話を逸らした。


「ソーラ連合帝国の南から伸びる半島、その全土を治める王国だ」


 そう言うとレイカンはこちらを見る。


「俺が価値を把握してるのはぎん貨までで、きん貨と小きん貨は分からん。貴族にでも聞けば分かるとは思うがな」


 彼は肩をすくめ言った。


「じゃあ在学中はわかりそうもないね」


「だね~」

 

 *


 歩き疲れた俺達は食堂で昼飯を囲む。

 結論から言うと、護衛を依頼できる騎士は見つからなかった。


「想像に難くなかったがな」


「アタシも薄々は」


 2人はこの事態を見越せていたらしい。なら言ってよ~。


「そうだな、ヒントをやるから自分で考えてみると良い」


「分からなかったら素直に教えてね」


 向かいに座るレイカンはオレの言葉を無視し、空咳をひとつうつ。


「大前提として、騎士とは何かを知っているか?」


「軍人でしょ? 鎧を着て馬に乗って、みたいな」


 レイカンが微妙に脱力する。考えろと言った矢先にこれかとでも言いたそうだ。


「確かに鎧を着て馬に乗った軍人だが、騎士という訳では無い」


「ごめん、あんまり考えずに喋ってた。オレが言ったのはただの要素で、”騎士を定義する本質的な条件”があるから当ててみろってことだよね?」


 気を取り直した様子でレイカンが頷く。

 寺崎へテレフォンを使えば一発で当てられるだろうか。下らない妄想を追い出し、必死に脳みそを絞る。


「……国が直接雇ってる軍人で、なおかつ貴族?」


「出来るのなら最初からやってくれ」


「そこは褒めてあげないと!」


 呆れるレイカンとは対象的に、オレの頭を撫でるエーリカ。

 

「職業には4つの頂点がある。2つは貴族が専有し、もう2つは平民にも許されている」


 レイカンは握りこぶしを胸の前に持っていくと、親指を立てる。


「平民でも目指せる頂点の職業、それが商人だ。優れた力を持つ商人は、弱小貴族の資産を凌駕りょうがする」


 続けて人差し指を立てる。


「魔術師もその一つだ。知性に優れていても、生まれついた魔力量で資格の有無が決まるから一番の狭き門と言えるだろう」


「貴族や豪商とかのお金持ちはを待たずに魔力量を知れるから、スタート位置が違うけどね。そもそも庶民は勉強できる環境なんて無いし」


「全国測定って?」


「『学園に入る条件は10歳時点で魔力を規定値まで保有してること』って前に教えたじゃない? ソーラ連合の国民は10歳になった時点で、魔力量を測定する義務があるの」


「違反した人間には罰則があるが、測定の際に協力金を貰えるからほとんどの庶民が測定をする。やましいことがある人間以外はな」


 給料の出る体力測定みたいなものだろうか、羨ましい。


「規定の魔力量を持ってたら強制的に学園入学。まぁほぼ持ってないからあかし入れて終わりだよ」


「証入れて終わり?」


「ロウ見たこと無いっけ。学歴を示すためのタトゥーが左肩に入ってるの」


「ある!」


 風呂屋サーモスにいる時、オレとレイカンを除いた全員の左肩に入っていた。


「全国測定で規定に達しなかった者は横1本に縦3本が交差する計4本の線。全国測定をクリアしたが魔術学園を中退した者は、縦線が1本減って計3本」


「で、学園を卒業したけど学院に入学出来なかった人が縦横1本ずつの十字ね。学院を中退した人は横1本だけ」


「……学院の卒業生は?」


「何も無い。肩にタトゥーが無い事こそ魔術師の証であり、誇りだ」


「だから全国測定が義務なんだよね~。行かずに左肩が綺麗なままだと魔術師を詐称してることになっちゃうから」


 学歴可視化タトゥーなんて聞いたこと無い。地球のどこを探しても無いだろう。


「嫌じゃ無いの?」


「まぁ証を彫る時は痛いらしいけど、その瞬間だけだしね」


「治安維持にも貢献してる文化だ、廃れることはないだろうな」


 2人は特におかしいと感じていないらしい。


「タトゥーの彫師は国家資格が必要だが、取得できれば国から給料が出る。何故か分かるか?」


 今までの話を脳内で纏める。

 肩にタトゥーが無いのは魔術師の証。彫師は国家資格。脛に傷を持つ人間以外、国民の殆どが全国測定に参加。


「事実と違うタトゥーを彫るとかの汚職防止?」


「そうだ。タトゥーを見ればある程度の身元は分かるし、タトゥーがない人間はまず犯罪者だからな。まぁ外国人とかの例外はあるわけだが」


 レイカンは続けて言う。


「そして4本線以外の証を持つ者は、少なくとも学園に所属したことのある人間だ。拷問や捜査をせずとも、学園の台帳で調べれば個人情報を特定できる」


 オレがタトゥーに持っているネガティブなイメージは改めたほうが良いみたいだ。


「それに彫師には相当の技術と信用が必要だ、端金はしたがねでそれを手放す彫師など居るはずも無い。賄賂と下心を持って彫師に近づいた犯罪者は、まず間違いなく通報されるだろうな」


「そういえば彫られてる絵や文字って何か意味あるの?」


「あるよ! 彫られた年月・場所・彫師の名前は絶対入ってる。学園中退や卒業組は所属してた学園の名前とか入ってるし」


 面白い文化だなと思っていると、周りの人が随分減ったのに気付く。


「あれ、いつの間にか人居なくなってる」


「……話が逸れ過ぎた」


 一度食器を返却してから、オレ達は再び話し始めた。

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