013

「元の話は職業における4つの頂点の話だったな。平民に許されているのは商人と魔術師、そこまでは理解したか?」


 頷く。


「残りは貴族が専有する2つだが、どちらも先に言っておく。官僚と騎士だ。官僚は分かり易いだろう。政治を司るのは貴族の特権だ。皇帝や王は官僚の究極系とも言える」


「最後に本題の騎士だね!」


「ああ、騎士はつまるところ貴族だ。それだけでも俺達を相手にしないことの説明はついてしまうがな。ロウ、この学院を警邏する騎士と街で巡回している騎士。比較して何か違いを感じなかったか?」


「うーん。街の騎士は皆同じデザインの鎧だったけど、学院はバラバラ……とか」


「そう、騎士は鎧の意匠で所属が分かるようになっている。街を巡回しているのは当然ここギュンネー区に仕える騎士だけだが、学院騎士の所属先は一つではない」


 一つでは無い? どういうことだ。


「学院が雇ってるんじゃないの?」


「違う。魔術学院はソーラ連合における重要なプロジェクトだ。交通の利便性からギュンネー区に建てられているが、学院を警備する騎士までギュンネーに支配されてはパワーバランスが大きく崩れてしまう」


「それに学院に通える人間なんて貴族の中でも特に優秀な子供だけだからさ、が無いか心配だもん」


「故にギュンネー区所属の騎士は学院騎士になることを法で禁じられている。代わりに他領の騎士が抜擢されているわけだ」


「……つまり学院騎士って、それぞれ誰かしら生徒の家に所属してる人間ってこと?」


 レイカンは頭を縦に軽く揺らす。


「そもそも依頼料を払い騎士を雇うというのは豪商の子供をターゲットにした仕組みだ。騎士を叙任し抱えられるのは貴族の特権だからな」


「じゃあオレが依頼できる可能性はほぼ無かったんだ」


「残念ながらな。騎士はそこらの用心棒とは信頼も強さも比較にならん。子供の護衛という小遣い稼ぎだとしても、自分の矜持が許さない客は取らないだろう」


「ロウ、私達だけでも大丈夫だって!」


 一抹の不安は残るがいつも通り3人だけで収穫祭を巡ろう。

 どうか前回と同じ様に、もっと言えば以前絡んできた輩に再び見つかりませんように。


 *


 学期が始まり3週目の月曜。ドラマだったら約束の日まで時間が飛ぶのだろうが現実はそうもいかない。

 学院生活で楽しいのは庶民組と過ごす時間だけで、授業の時間はオレにとって苦痛でしかなかった。


 なぜなら授業が全く、一向に、理解できないから。


 魔術学院で学ぶのは当然魔術についてだが、単元が細かく分かれていた。中学の理科が高校では物理・生物・化学・地学の4つの単元に分かれるさまによく似ている。


 魔術に関する単元は”魔力系”と”魔術系”の2つに分類されていた。

 日本での知識に無理やり当て嵌めるなら、魔力系が数学で魔術系が理科だろう。

 運動エネルギーの計算など現実に即した分析をするには、基礎的な計算の知識が必要不可欠という関係がそのまま魔術と魔力にも適用できる……と思う。


 言い切れないのは、ひとえに魔力と魔術への無知のせいだ。

 翻訳のお陰で教授の放った言葉自体は全て理解できているのに、それを咀嚼して理解することが出来ない。


 四則演算しそくえんざんを習い始めたばかりの小学生に「帰納法を用いてこの等式を証明しろ」と言っても、それが日本語の文章だと理解するだけで意味を理解することは不可能だろう。それと全く同じ状態になっている。


 授業に身が入らないのはそれだけが理由だけじゃない。護衛を付けずに街へ出かけることへの不安が解消されていない上に、対処法も無いからでもある。


 「まだ引きずっているのか?」と思われるかもしれないが、やはり怖いものは怖いし、極力痛い思いはしたくない。

 この悩みを理解できるのは理不尽な暴力に晒されたことのある人間だけだ。


 ”シャンメリー”で撃退する選択肢も無いことはないが、再び同じ手が通用するのか分からない。

 数m先の標的に当てる事はほぼ不可能だから近距離でぶっ放すしか無いが、仮に威力の調整をミスったら相手の体に新しい穴が増えるのを想像すると……ゾッとする。


 散々頭を悩ませたが結局は今出来ることは一つ。自分の手札を増やす事で、つまり新しい技の開発だ。グーしか出せないのが不安ならチョキとパーを覚えれば良い。


 自分の世界に入っていたオレはエーリカに声を掛けられるまで授業が終わったことに気付きもせず、また一歩水をあけられてしまった。


 *


 何とか一日を終えたオレは、自室で”シャンメリー”の分析・改善案を書き殴っていた。

 おさらいになるが、技の詳細は「胸にある魔力が漏れ出る穴に蓋をし、溜まった魔力の内圧を開放してぶつける」というものだ。


 短所は2つで、正確に狙いを付けられない点・標的に胸を向けないといけない点。唯一の長所は複雑な魔力操作が必要じゃない事だ。

 そして短所にも長所にも成り得るのが、”一瞬で内圧が高まるので即座に発動できる”という性質。


 よってこの技は「正面から近づいてきたモノに対する咄嗟のカウンター」という運用が最適解だと思う。


 なら次にオレが習得すべきなのは「時間がかかっても狙い通り当たる遠距離攻撃」、「正面以外から来る攻撃に対する防御」もしくは「回避・逃走手段」のどれかじゃないか?


 まず遠距離攻撃から考える。パッと思い浮かぶイメージは銃・弓・槍投げ・ピッチング。しかしどれも参考にならない。

 なぜなら仕組みが複雑すぎて再現出来ないから。

 唯一再現できる可能性があるのはピッチングだ。魔力をボール状に丸めて投げれば良い。とはいえ、魔力の操作というものは難しい。

 難しいというよりぶっちゃけ未だに全く分かっていない。


 ”シャンメリー”で魔力を操作してるじゃないかと思うかもしれないが、あれは魔力を操作してるというより、ほとんど筋肉を動かしているだけと言って良い。


 あくまで体を動かすのと同じ感覚でどうにかならないものか……。

 いいアイデアが出ず深い溜息をつく。

 ……溜息?


 その瞬間、ふと閃きが走った。


 *


 暗い森の中を、月明かりだけが照らす。

 学外に出たのではない。学生棟は広大な森に囲われており、生活棟・貴族・平民寮などの建物に使われている敷地面積はそのほんの一部でしかない。

 なぜわざわざこんな森に行くのかと言えば、見られたら困る事をするからだ。


 つまり、実験場でのみ許されている魔力の使用。


 実験場を使用する授業を全て内職に費やすのは流石に不味い。故に夜間こっそり抜け出して、人目につかない森でやるのだ。


 まずは肩慣らし。


 オレの背丈の数倍は高い、抱きついても幹の太さの半分しか腕が回らないくらいに大きな針葉樹に向かい、3歩ほど下がる。

 ほんの一瞬だけ胸に栓をし”シャンメリー”を放った。


 ドシン、と鈍い音が鳴り巨大な樹木が揺れる。

 降ってきた葉っぱを手で払い、もう7歩更に下がった。


 手を筒の形に丸め、口へ付ける。

 再び胸に栓をした後、それを解かない状態で空気を思い切り吹いた。

 直後に胸の栓も解き圧を逃がす。


 何かが割れるような高めの音が響く。木の揺れはさっきより弱い。


 目標の木に近寄ると、樹皮が凹んでいた。大きさ・深さ共にペットボトルのフタくらいだろうか。


 成功だ。


 これが新しく考案した技、”吹き矢”。

 未だでしか魔力を操れないので、その手札を上手く組み合わせて実現した苦肉の策だ。


 暗がりの中、何度も試し打ちを繰り返した。



 部屋に戻ったオレはベッドに寝転がる。

 

 遠距離攻撃として開発したが、銃とは違い照準器も無い上に発射位置くちが目の高さからズレ過ぎているためイマイチ精度が良くない。

 静止してる木になら20歩約14メートルほど離れても当てられたけど、的が動いている場合の有効射程は未知数だ。


 しかし外出への不安は格段に軽減された。

 成長したことに加え、昨日の自分より進歩したという事実が自信へと繋がったらしい。


 先日までの寝付きの悪さが嘘のように、瞼を下ろすやいなやオレは夢の世界へと旅立った。

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