008
昼の12時・実験場・対人魔術戦。それがアーデルハイトに言い渡された処刑時間・処刑場・処刑方法だった。
日本では罪として禁じられている決闘は、ソーラ連合帝国における加盟国のほとんどで合法とされていた。
唯一の救いは、決闘の成立には互いの合意が必要という点だ。しかし、皇帝の息子から決闘を申し込まれた人間が仮にその場で拒否できたとして、その後まともな生活が過ごせるのだろうか。
まだ人生に幕を引きたくないオレは、彼の決闘を受け、勝利する以外に選択肢はないのだ。
崩れ落ちそうな膝を何とか保たせ、寮に帰る。自室前の廊下に辿り着くと、エーリカがそこに居た。
「馬車どうだったー……って今にも死にそうな顔してるけど、体調悪い?」
「そうだね、ほぼ最悪だよ」
冗談の一つも思いつかず、弱音を吐く。階段から誰かが上がってきた音がしたので顔を向ける。現れたのはレイカンだ。
「ロウ、短い間だが興味深い時間を過ごさせてもらった。新天地でも
「んっ、どういうこと?」
「この大物は、ランチの余興に炎のプリンスと決闘するらしい」
「え~~~~~~~~!?」
エーリカの叫びが寮に
*
体育館くらいの広さを持つ鋼鉄の処刑場、もとい実験場の端に立つ。
向かいの端に立つのは当然彼だ。長袖長ズボンの布装備なオレとは違い、軍服とスーツを混ぜたような服装に身を包んだアーデルハイトは、兄弟ということを抜きにしても、
目を引くのは彼が手に持ったアイテムだ。スケルトンレッドカラーの魔石を先端に頂く杖は、持ち手の部分に円形の盾がくっついている。杖を地面に立てると赤い魔石が丁度顔の前に来るようになっており、白く輝く盾によって胴体が覆い隠されている。
普段の彼がどんな格好で決闘に臨んでいるのか知らないが、完全武装と言われても納得できる装備だ。ライオンはウサギ狩りにも全力を出すのは本当らしい。
中央に立つのはアルニム学長。立会人に呼ばれた彼女はオレへ
エーリカをはじめ多数の野次馬が湧いてきたが、実験場内への入室は許可されず、この勝負を見届けるのは当人と立会人だけとなった。
「決闘方法は対人魔術戦。相手の死亡、降参、もしくは立会人判断により勝敗を確定。異論は?」
「ない」
「ありません」
大アリだ。
「アーデルハイト・フォン・ラグズウルクの要求はロウの退学。そしてロウの要求は──」
「健全な学生生活への協力、とか」
「……決闘後、約束が履行されているか見届けなくてはならないので、もう少し具体的な内容を」
「ではアーデルハイト・フォン・ラグズウルクの名に懸けて、難民のロウに親切にするよう、全生徒に伝えて欲しいです」
アーデルハイトは鼻で笑う。自分が勝つと信じているのだろう。
「ではこのコインが地に触れた瞬間、開始とします」
そう言って学長は指でコインを弾き、端へ移動する。
エーリカとレイカンに泣きついたオレは、2人からいくつかの作戦を授かっていた。通用するかどうかは分からないが、やるしか無い。
コインが地面に落ちる。同時にオレは大きくジグザクを描くように走り出した。細かい重心移動フェイントを織り交ぜ、的を絞らせない。
「そもそも魔術は素早く不規則な動きをする生き物に当てるような代物じゃない。防具が布の服だろうとも当たらなければ死なない」
レイカンのアドバイスを忠実に実行する。次に思い出すのはエーリカの助言。
「対人魔術戦だから相手を倒す決定打は魔術じゃないとダメなんだよね……でもロウは魔術をまだ使えない。だから事実はともかく、魔術で倒したって立会人に思わせることが必須だよ!」
つまりアーデルハイトを突き飛ばし、マウントからのタコ殴りを喰らわせても魔術戦による勝利とはならないということらしい。よって魔力を使用した攻撃をしないといけないのだが……。
「あっぶねぇ!」
轟炎が
最初は火球を飛ばしていた彼だが、全く当たる気配がないと認識してから一転、半径数mまで近寄ってきた時だけ横薙ぎに焔の鞭を振るうという消極的かつ合理的な攻撃しか行わなくなった。
こちらとしては避けづらく、厄介この上ない。
「実験場を破壊したときのように、魔力を練って投げてぶつけろ」
性質の変化を与えていない
溢れた魔力を掻き集めた感覚を思い出す。しかし攻撃を避けるために動き続けているせいか、イマイチ魔力の操作が上手く出来ない。そもそも魔力の操作自体が2回目な上に、目を瞑っての集中が可能で、レイカンの介助もあったあの時とは状況が違いすぎる。
少しでもアーデルハイトから気を逸らそうものなら焔の弾丸が飛んでくる。せっかく練った魔力も、恐怖と緊張で集中が途切れ
このままでは負ける。そうすればオレは……。
考えろ! この世界で経験したことを総動員して活路を
乱れた呼吸を整え、脳に酸素を送る。どんな理屈でも良い、最終的に魔術による攻撃だと立会人に認められれば。
「ゔあっつ!」
思考にリソースを奪われた隙を狙われる。飛んできた火焔弾の回避に失敗し、右肘に軽い火傷を負った。
瞬間、脳内に閃きが走り、希望が痛みを上書きする。
これは究極の屁理屈だが、賭けるしか無い。
アーデルハイトへ向かって一直線に走り出す。彼はしっかりとオレを見つめ、動きを探っている。
右にフェイントを入れ、すかさず左に大きく跳び、前に急加速──
「手駒風情が! 焼け落ちろ!」
アーデルハイトが叫ぶ。今まで振るっていたのが糸に見えるくらい格段に太い、燃え盛る鞭を横一文字に薙いだ。
これを待っていた。
体を沈め、力いっぱい踏み込む。オレは全身のバネを開放して空中に高く跳び、必殺の一振りを
「なっ!」
アーデルハイトは焦った様子で再度詠唱を始めるが、それを待つ愚行は
「ガッ……何を……!?」
アーデルハイトは混乱しているのか、オレに問う。ということは詠唱はされていない。好都合だ。
彼の
アーデルハイトのプライドは見上げたもので、気絶するまで
とても魔術戦とは呼べない行為が終わると、学長は歩み寄ってきた。
「で、説明を頂けますか? 分かっているとは思いますが、これが魔術による決着でないのなら今回の勝敗は無効ですよ」
その声色は厳しい。自棄になったと思われているのだろう。
「勿論です。では、証明のためにオレの右腕を切断して下さい。できればひと思いにやってもらえると助かります」
彼女の目は明らかに
次の瞬間、鈍い風切り音がオレの横を通り抜けた。
居合いで袈裟斬りにされた竹のように、右肘から先がワンテンポ遅れてズルっと落下し、肉が床を打つ
ギュッと
深呼吸を繰り返し、冷静さを取り戻す。
目を開け、右肘を見る。長袖が綺麗に無くなっている部分から、オレの腕が何の異常もなく伸びていた。
目線を落とす。地面には、長袖に包まれた右腕が転がっている。
「オレは生成魔術を使用しました。この右腕は魔力を原料として、魔術により生成されたものです」
真っ直ぐ学長を見据える。
「つまりオレの右ストレートは、魔力から生み出された火焔で攻撃するのと本質的には何ら変わりはないはずです」
オレの運命は、この詭弁を学院の長が受け入れるかどうかに委ねられた。
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