006

 日本では優等生として通っていたオレは、この世界では一転、編入当日に施設を破壊する問題児に成り下がっていた。

 後で聞いた話、学長室にはエーリカとレイカンも呼ばれそれぞれ事情を聴取されていたようだが、学長の計らいによりお咎め無しで解放されていたらしい。


 オレの方は「次から気をつけなさい」で解放するわけにもにはいかないのだろう、説教という名目で学長室での数時間の軟禁が決定した。

 その際、オレの胸から魔力がドバドバ漏れ出る様子を見た学長はかなり焦った様子で生命の安否を心配していたが、数時間経っても些細な変化すら無くピンピンしているオレを見て、心なしか引いてる様な気がしたのは多分オレの気の所為ではないだろう。


 結局オレが解放されたのは、太陽が随分西に傾いた頃だった。学園に到着した朝からこの時間までに起きた色んなイベントによる疲労感が、眠気を伴いジワジワと体を蝕んでいる。

 しかし寮へ向かおうと一歩踏み出した途端、大音量の抗議の声がお腹からあげられた。

 そういえばまだ飯を食ってない。心底億劫だが、空腹のままでは寝付きが悪くなりそうだ。


 結局オレは食堂へ向かった。

 学院の食堂は遠目に見ても、大学のオープンキャンパスで見たそれと比べて格段に広そうだ。しかし食堂に近づくにつれて、異常な人気ひとけの無さが気になった。


「誰かいませんかー?」


 人が居ないどころか、照明ランタンすらついていない。理由は分からないが、とりあえず食事にはありつけなさそうだ。

 この世界に来てから災難続きで、流石に気が滅入ってくる。肩を落としながら帰路に就き、寮の階段を上がる。


「おかえり! 大変だったね」


 背後からエーリカの声。振り向くと、彼女は自室から顔を出していた。


「まぁ、自分でやったことだから」


 笑顔で対応しようとしたが、疲れもあり乾いた笑いしか出ない。彼女には悪いが今日はもう寝てしまおうと思ったその時、彼女はオレに近寄り、布に包まれた何かを差し出した。


「昼ごはんと晩ごはん。食べてないでしょ」


「これ、エーリカが?」


「違う違う! 夏季休暇中、滅多なことが無い限り生徒は全員帰省するから、本来食堂は開いて無いんだよね。けどアタシやレイカンみたいな帰省しない生徒のために、簡単な食事は作ってもらえるの」


 つつみを受け取る。


「モーニング・ランチ・ディナーの3回あるから、明日は自分で受け取ってね。食堂の中に入れば置いてあるよ!」


 そう言って彼女は部屋へ戻った。


「あ、布と食器はその時返せばいいからね。おやすみ!」


「ありがとう、おやすみ」


 部屋へ戻り、テーブルに食事を置いて包みを開ける。皿の上にあったのはサンドイッチが3つと、口に栓がされている革の袋だ。袋を持ち上げると中でタプタプ液体が揺れる音がする。これは水筒か。

 栓を開け、一口飲む。


「ンブフ!」


 思わず吹き出す。その液体はブドウの香りに混じり、微かにアルコール臭が漂っていた。甘みは無く、ほのかな酸味と渋味が口に残る。

 恐らくワインだ。薄めてあるのが幸いして、飲めないという程ではない。

 学校を破壊した日に飲酒なんて不良じみてるな、など思うところはあるが、学生相手に出しているのだからここでは何も問題は無いのだろう。

 ただ飲んでみて初めて分かったが、単純にワインの風味が好きではないので出来ればただの水かお茶が欲しい。


 サンドイッチのひとつを手に取り、齧りつく。

 馬車での移動中に食べていたパンに似ているが、石のような硬さはなく、普通のフランスパンくらいだ。初めにチーズがガツンと香り、後から白身魚の味が追いかけてくる。魚は生ではなく、干されたものをマリネ風の味付けにしてあった。嫌いではない。空腹が食欲に拍車をかけ、気付いたら食べきっていた。


 2つ目に手を伸ばす。1つ目に比べるとパンが乾いてよりカサカサだ。昼に作られたものだろうか。

 食べ始めはレタスしか入ってないのかと思ったが、中心部まで食べ進めるとハーブや塩気の効いたハムが出迎えてくれた。肉厚で食べごたえがあり、満腹中枢が刺激される。


 最後のサンドイッチはベーコン&チーズだった。いぶされた香ばしい肉と濃厚でしっとりとしたチーズのタッグに外れなどあるわけがない。これもパンが多少パサ付いていたが、全て食べ尽くし、水割りワインで流し込む。


 空腹を満たすと、食事中は忘れていた疲れがどっと降りてくる。耐えきれずベッドに倒れ込むと、着替えるのも忘れてオレは目を閉じた。



 目を覚ます。朝日が部屋を照らすが、時間が分からない。スマホの無い生活は不便極まりない。でも学長室には振り子時計があった……気がする。

 昨晩はドカ食い気絶をやらかしたので風呂にでも入りたいが、食堂がやってないということは同じ生活棟にある風呂もやっていないかもしれない。


 悩んでいると、扉が開く音が微かに聞こえる。ちょうどいい、聞いてしまおう。

 急いで廊下に出ると、そこにはエーリカではなくレイカンが居た。


「何か用か」


「おはよう。生活棟のお風呂ってやってるのか聞こうと思って」


「基本的に生活棟の施設はこの時期やっていない」


「あ、そうなんだ……ありがとう」


 レイカンは鼻でため息をつくと、歩き始めながら言った。


「今から朝食を受け取りに行くところだ。歩きながらでいいなら、話に付き合ってやる」


「助かるよ!」


 急いで彼の後を追う。


「で、どこで体を綺麗にしてるの?」


 いつもなら軽口の1つや2つ添える所だが、微妙に気難しそうな相手に少しだけ臆する。しかし、仲良くなりたいなら自分から距離を詰める意思を見せるのが必要だ。行くぞ。


「まさか川とか言わないよね」


「学外の風呂屋だ。俺やエーリカは学生証さえ携帯してれば学外に出ることは特別に認められてるからな」


 華麗なるスルー。ただ表情を見る限り気分を害してる様子はない。


「『俺やエーリカは』ってどういうこと?」


「原則、外出には騎士の帯同が必須になる。貴族の子供が一人で街歩きなど攫って下さいと言っているようなものだ」


 確かにそう言われると魔術師エリートを養成する学校に通う生徒が街へ出るのに騎士SPが必須なのは納得できる。監視カメラも車も無いこの世界では拉致でもされたら一環の終わりに違いない。


「ただ、夏季休暇中に帰省できず寮にいるようなやからは家が貧しいと相場が決まっている。攫った所で身代金が払われることの無い人間に手を出すほど人攫いも暇じゃない」


 『学を卒業できる平民なんて豪商くらい』と言っていたエーリカを思い出す。つまりは2人は庶民ながら学に通っているのだ。思わず尊敬の念が生まれる。


「授業料って帰省費用すら削るくらい高いんだ」


「いや、寮での滞在費・授業料に関しては学院が全て負担してくれている。しかしそれだけでは学べないだろう。文具は当然として、出費などいくらでもある」


 軽く肩を竦めるレイカン。


「さっきの話に戻るが、金のあるなしに関係なく女の独り歩きなど論外だ。理由は……言わなくても分かるだろう。だから外出する際は一緒に行動している」


 流石のオレでもそのくらいは分かる。この世界と比較すれば少ないだろうが、日本でも起こりうることだ。


「それじゃあさ、今晩お風呂屋、ご一緒してもいいかな? 一人で学院を出たら多分迷って帰って来れないと思うから」


「ならば時間になったら部屋を訪ねる。居なかったら置いていくからな」


「それで構わないよ、ありがとう」


 話が纏まった所で丁度ちょうど食堂に着き、朝食を受け取る。


「……その胸の魔力漏れ、治らなかったんだな」


 唐突にレイカンが呟く。心なしか声色が暗い気がする。


「何か出っ放しだけど、体なんともないし別にいいかなって」


 あっけらかんに言い放つと、レイカンは少し目を見開きこちらを見た。


「そうか」


 少しのをおいて、レイカンはそう返事をした。

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