004
「ここ……だな」
寮の扉の前に立つ。学長は午前ギリギリまで面談をしてくれたが、それ以上は時間を割けないらしく、オレへ金属板で造られた学生証や学内地図など複数の書類を渡すと、まずは寮へ向かい荷物を整理するよう言った。
学長から貰った地図によると、学院の敷地は3つのエリアに分けられている。北を向いた正門を南に下ると大広場。さらに南には教授の個人研究室や学長室が備わる、白い壁が特徴の教授棟。オレがさっきまで居たのはここだ。
広場の西にあるエリアには講義室や図書館などが建ち並ぶ教室棟。オレンジ色のレンガ造りで色鮮やかだ。
そして今オレが居るのが、広場から東にぐいっと伸びた広大なスペースを擁する学生棟だ。棟と言うが、教室棟や教授棟のように芝と石畳の上に建物があるのではなく、エリアの
学生棟は北・中央・南でさらにエリアが3分割されていた。北が貴族寮、南が平民寮、そして中央が食堂・風呂・洗濯場などを設置した生活棟だ。
当然オレの部屋が割り当てられていたのは平民寮。命名が露骨過ぎやしないかと思ったが、名前とは違いレンガと木が使われた5階建ての立派な建物がそこにあった。
オレの部屋は2階の角部屋。学長は「空き部屋はそこしか無くて……」と申し訳無さそうにしていたが、角部屋はむしろ得なんじゃないか?
玄関を開ける。
寮とはいうが、共同スペースみたいなものは見当たらない。生活棟があるから寮には備え付けていないのだろう。誰も居ない廊下を歩き、階段を登る。未だ生徒に会わないが、夏休みか何かだろうか。
2階も人の気配はしない。ふと、扉に番号が振ってあるのに気付く。角部屋は……一番東にあるのは201で西にあるのが210だ。オレは編入、つまり後から入寮してるのだから、常識的に考えて210号室だろう。
210号室の前に立つ。鍵穴はあるがノブが無く、ホチキスの芯を太くしたような形のハンドルがついている。それを握り前に押すと、扉は簡単に開いた。
しかし当然そこにあるはずのオレの荷物は無く、代わりに居たのは全裸の少女。布で体を拭っていた彼女は驚いたようにこちらを向き、目が合う。
沈黙。それを破ったのは彼女だった。
「だ、誰か──」
「ごめんなさい! 誤解なんです!!」
彼女の叫びに割り込むように声を上げ、すかさず土下座。
「どうか話を聞いてください!」
畳み掛ける。豚箱にブチ込まれるのだけは避けたい。
「あ、え……? と、とりあえず外に出て!」
素早く身を
「201と210の二択で前者なことあるかよ……」
ドラゴンの恫喝や貴族の脅迫より理不尽なことは無いと思っていたが、これも相当だ。
支度が済んだのか、扉の奥から声が聞こえてくる。
「開けていいよ、でも中には入らないで」
警戒されている。当然だ。彼女からしたら強盗かレイパーだと思われても仕方がないこの状況で、話を聞いてもらえるだけでも御の字だと思うしか無い。
扉を再び開ける。
「いきなり部屋を開けてしまって本当にごめん。オレは──」
「ちょっと待って、それ何?」
今度は彼女が言葉を割り込ませる。たぶん翻訳のことだろう。
「これは……勝手に言葉が翻訳されてるだけで、オレ自身は何もしてないし、何故こうなってるかは分からない」
「ふ~ん……。で、アタシの部屋に押し入ったのはどんな理由?」
「いや、ここがキミの部屋だって知らなくて。ついさっき編入生として学院に来たんだけど、2階の角部屋へ行けってだけ言われてさ。キミがこの部屋に住んでるってことは201にオレの荷物が運ばれてるんだろうけど……見に来る?」
彼女は数秒オレの目を見つめた後、こちらへ歩み寄る。
「見るだけね、部屋には入らないから」
どうにか
彼女の裸体は衝撃的だったが、服を着た後でもそれが薄れることはない。多分彼女と他の女性を見間違えることはないだろう。
とにかく髪色が凄いのだ。
顎まで伸びているショートボブはプラチナブロンドに染まっており、その
もし彼女が素朴なワンピースではなくゴスロリを着ていたら、いわゆる地雷系ファッションの一丁上がりだったろう。エナジードリンクを持てばなお近づけるに違いない。
それに立って並んだことで気付いたが、彼女はかなり身長が高い。170はあるだろうか。スレンダーなスタイルも相まって、THEモデル体型……
いや彼女の外見を分析してる場合じゃない。
気持ちを切り替えたオレは、210から真反対の201へ向かい、ドアを
中へ入る。かなり広く、少なくとも10畳はあるだろう。自分の荷物以外に置いてあるのは、2段ベッド、クローゼット、鍵が置かれた丸テーブル、そして椅子が2脚。特にテーブルは大きく、オレが両手を広げたのと同じくらいの直径はあるだろう。
入り口を振り返り、彼女に話しかける。
「ほらね?」
「……よく考えたら、最初にこの部屋確認してからアタシの部屋に来てもおんなじ言い訳使えるよね」
「あっ」
言葉に詰まる。反論できない。全くもってその通りだ。
意気消沈したオレの顔を見ていた彼女は、言う。
「でも、アンタが嘘ついてないって信じる。アタシが部屋の鍵をかけ忘れなければ防げた事態でもあるし」
「ありがとう、でも何で?」
「だってアンタ、魔力だけじゃなく感情も顔から垂れ流されてるんだもん。これが演技だったら相当の食わせ者ね」
似たようなことを貴族にも言われたような気がする。
「アタシ、エーリカ。ゼルディン出身。珍しいとか言わなくていいよ、聞き飽きてるから」
そんな地名は知らないが、わざわざ触れなくていいだろう。
「オレは
「へぇ。難民。そのわりには身なりがしっかりしてるけど」
彼女は片眉を顰めた。せっかく良い雰囲気に向かいつつあったのに、ふりだしに戻りたくない。
「マクシミリアン殿下って人に直接目をつけられて色々融通して貰ったからかも」
「……まぁそんだけ魔力あれば納得かも」
「それ、結構言われるけど何でオレの魔力量が凄いかなんて分かるんだ?」
そもそも魔力というものにピンと来ていない。今までの情報から、魔術を使うために必要なエネルギー程度の理解はしているが、貴族に認められるくらい魔力を持っているなら「力が溢れる!」みたいな感覚がありそうなものだ。しかしそういった感覚は一切ない。
「うぇ、触れてほしくて垂れ流してるんじゃないの? アタシの特性は
特性、ジュンナイ。知らない単語が矢継ぎ早に出てくる。
このまま会話を続けたらこの先ずっと専門用語で話されそうな予感がする。なら打ち明けてしまおう。
「信じられないかもしれないけど、オレは生まれてこの
彼女はポカンと口を開け、やがて再起動してオレに問う。
「ん? ロウ、エンソツだよね?」
エンソツ……園卒?
侮辱?
「どういう意味?」
「どういうも何も、魔術学院に来てるってことは、魔術学園出てるんだよね?」
「いや……見たことも無いけど」
彼女は目を剥き、口に手を当てた。
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