第1章 5.初めての戦闘
俺とゴブリンはお互いに臨戦態勢を取る。
『ゴブリンは武器の扱いに長けているわけではありません。避けるには槍の先端の動きに注意してください。ゴブリンの懐に飛び込んでリーチの内側に入ってしまえば、武器による優劣はなくなります。』
アリアがアドバイスをくれる。抑揚のない声でゴブリンにどう対処するべきかを教えてくれた。
「ありがとうアリア。」
『お礼なら……勝ってからお願いします。』
「そうだな。勝ったら改めて言わせてもらうよ。」
アリアからお礼は勝ってからだと言われる。奴は俺でも十分に勝てる相手だと、そう言ってくれている気がした。
俺は再びゴブリンに目を向ける。
奴は中腰になり、槍の先端をこちらに向けている。
正面に対峙したことで、その姿を改めて注視する。体格は10歳くらいの人間の子供と大して変わらない。しかし、爪は鋭く、口は大きく、歯は不揃い。
その醜悪な見た目に畏怖と嫌悪感を覚えるが、奴の全身を見ていてあるモノが目に入る。
――あれを奪い取ることが出来れば!
それを見つけたことで俺は勝機を見いだす。
どう戦うべきか出方を待っていた俺に、ゴブリンは痺れを切らして襲い掛かってきた。
――早い!
ゴブリンの動きは子供くらいの速度だろう。しかし、攻撃されることに慣れていない俺にとって、子供か大人の違いなんてわからない。それでも、アリアのいった通りに槍の先端からは目を離い。
俺は縦に振られた槍をギリギリ避ける。しかし、その拍子に足がもつれて体勢を崩してしまう。
やばい、と思った矢先。ゴブリンは体勢を崩した俺に向かって槍を突き立てる。
『――前です!』
体勢を崩して頭が真っ白になりかけた俺に、アリアが声をかける。アリアらしくない、少し感情のこもった声だった。
俺は無意識にアリアの言葉の通りに動く。
「痛ッ!?」
前へ出たことで槍に串刺しにされるのは避けられた。しかし、槍の刃先が脇腹をかすめてしまう。
傷は浅く致命傷ではないが、痛みに耐性のない俺にとっては十分な激痛だった。
「うわああああああああーーーーー!!!」
痛みに耐え、自分を鼓舞するため、とにかく叫んだ。
まだ負けていない。
むしろ、アリアのいった通り、槍のリーチの内側に入ることが出来た。
――痛みなんて、今は忘れろ!
俺は拳を握りゴブリンの顔面を殴りかかる。
ゴブリンは槍を戻していては間に合わないと判断し、腕を上げて防御の体勢を作る。
しかし、その拳がゴブリンを殴りつけることはない。
――目的は最初から、こっちだ!
俺は握った拳をほどき、ゴブリンの腰に手を伸ばす。
「ギャ!?」
ゴブリンが驚きの声をあげる。
そして、自分が持っていたもう1つの武器が、俺に奪われたことに気がつく。
「ギギャーーー!!!!」
ゴブリンは怒った。それは俺のものだと、そう言っているように感じる。
「この距離ならこっちのほうが有利だろ!」
俺が奪ったのは、ゴブリンの腰にさしてあった短刀だ。ゴブリンは、槍をメインに使っていたが、もう1つ武器を携帯していたのだ。
「このまま一気に勝負をつけてやる!」
俺は奪い取った短刀を両手で握り、ゴブリンに向かって直進する。短刀はゴブリンの腹へ突き刺さり、ゴブリンが鈍い声を上げる。手に伝わる生々しい感触にこれが現実であることを実感してしまう。
「ギャーーーー!!!!」
ゴブリンが絶叫した。
ゴブリンは必死に抵抗するが、俺を引き離すことはできない。このままゴブリンの体力が尽きれば勝てる。そう思ったところで、ゴブリンは口を大きく開き、俺の肩に嚙みついてきた。
「あああああああ!!!!!」
今度は俺が絶叫する番だった。
肩の肉をかみ千切られたかと思ったが、ゴブリンの歯が肉に食い込んでいるだけだった。いや、それでも十分に痛い。生物の顎の力というのは、馬鹿にできないほど強い。
このままではまずいと、俺はゴブリンに刺している短刀を全力で捻じり込む。
ゴブリンは更なる激痛に耐えかねて力を緩める。
力が緩んだ隙に短刀を引き抜く。そして、痛みに悶えているゴブリンの喉元を切り割いた。
「ギ――――」
もうゴブリンの叫びは、声にならなかった。
ゴブリンは喉を押さえるが、そのまま前のめりに倒れて動かなくなる。
警戒しつつゴブリンの様子をうかがうが、動き出す気配はない。
間違いなく事切れたようだ。
「か、勝った……」
そうつぶやくと同時に腰が抜けてしまう。
「は、、ははは。あはははははは――」
現実離れした戦いを乗り越えたことで、様々な感情が溢れて、なぜか笑いがこみあげてしまう。
『タクヤさん……大丈夫ですか?』
アリアから声をかけられて、ハッとする。
抑揚のない声だが、心なしか心配の感情が乗っている気がした。
「うん、ちょっと気が動転してただけ。もう大丈夫だよ。」
『初めての戦闘でしたからね。上出来でしたよ。』
アリアが先ほどの戦いを褒めてくれた。
この子はやはり優しい子だと思った。そして、思っていたよりも世話焼きな性格なのかもしれない。
俺は安心しきって、座り込んでいた体勢から大の字になって寝転ぶ。
「アリア、勝ったんだし言ってもいいよね。」
『何をですか?』
「ありがとうアリア。君がいてくれて、本当に良かった。」
『……どういたしまして。』
今度のお礼は素直に受け取ってくれた。
そんな何気ない会話のやり取りが、今はとても愛おしい。
「今更だけど、もうモンスターいないよね?」
『はい、周囲にモンスターはいません。野良のゴブリンだったようです。』
「野良かー、1匹でよかったー」
心底1匹でよかったと思う。ゴブリンがもう1匹いただけでも、おそらくは負けていただろう。
「ちょっと休みたい……てかあちこち痛くて泣きそう」
『こんなところで休むんですか?』
「んー、ちょっとだけ、すぐ起きる、から……」
緊張が途切れて、身体の疲労も限界だった。ひどい眠気が身体を襲い、意識が薄れていく。
「――こっちです!」
遠くから、聞き覚えのある声が聞こえた気がする。
しかし、もうそんなことに意識を向ける気力もない。
――とにかく、少しだけ休もう。
そこで俺の意識は途切れた。
****あとがき****
読んでいただいてありがとうございます。
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