第1章 4.ゴブリンから少女を逃がす
森の中から響いた悲鳴は女性のもの。そして、それと同時に聞こえた叫び声は、人間以内の何かのものだった。
先ほど、アリアから説明を受けた存在。モンスターの叫び声。
『ゴブリンですね。』
アリアがモンスターの正体を教えてくれる。
「ギギャ――――――――――!!」
再びゴブリンの叫び声が響きわたる。
そのおぞましい声に、思わず身体が硬直してしまう。
『助けに行かないのですか?』
唐突な出来事と、現実離れしたモンスターの叫び声に頭が真っ白になりかけていた俺に、アリアが静かにそう言った。
固まった身体を何とか動かそうとするも、足が言うことを聞かない。
――動け!
俺は、拳を作って自分の顔を殴りつけた。
『!?』
アリアが驚いたような声を挙げる。
『気でも狂いましたか?』
酷い言いようだ……。いや、突然自分を殴ったらそう取られても仕方ないか。
「自分に気合入れただけだから大丈夫。アリア、どっちに行けばいい?」
『目の前の森をまっすぐ進んでください。細かい位置は私が誘導できます。』
アリアが、どちらに進めばよいか示してくれる。
足がまだわずかに震えているが、力を入れて全力で駆け出す。
『そこを右に曲がってください。』
アリアの誘導に従って少しすると、2つの影が見えた。1つは悲鳴を上げたであろう少女
。子供ではないがまだ少し幼さが残っているように見える。もう1つは子供程度の背丈の緑色の皮膚をした
まだ距離はあるが、ゴブリンが槍を持っていることが確認できた。
何も考えずに突っ込めば、ただゴブリンの持つ槍に刺されて死んでしまうだろう。
やり直しがあるとはいっても、無駄に死ぬ思いはしたくない。
ゴブリンに勝つには、こちらにも武器が必要だ。
ある程度近づいたところで、俺は息をひそめて足音を消す。
「いや、来ないで――」
ゴブリンは、よだれを垂らしながら気色の悪い笑みを浮かべ、ゆっくりと少女へ近づいていた。まるで、獲物を目の前にして楽しんでいるかのような、下卑た笑みを浮かべている。それに対して少女の方は、ただただ恐怖で震え逃げることも出来ていない。
俺は、ゴブリンの背中からゆっくりと近づき、足元の石を拾う。
『その程度の大きさでは、殺傷力はありませんよ?』
アリアがそれでは武器にならないと注意してくれる。
しかし、これは武器として使うわけではない。ゴブリンの注意をこちらに引き寄せるためのものだ。
――ここまで近づけば、当てられる!
俺はゴブリンに向かって全力で石を投げる。
「ギギャ!?」
石はゴブリンの後頭部にヒットし、ゴブリンは驚きの声を上げて振り返る。そして、振り返った先にいた俺を見つけ、威嚇し睨みつけてくる。
少女は、いまだに何が起きたのか理解が追い付いていないようだった。ただ、先ほどまで自分の体を舐めるように見ていたゴブリンが、今は自分を見ていないことに気づく。そして、ゴブリンが見る視線の先に俺がいることも。
「た、助けに――?」
少女の声はうまく出ていない。しかし、俺が助けに来た人であることは理解できているようだ。それであればと、俺は少女に向かって叫ぶ。
「逃げろ!」
少女は、俺の声に身体を震わせた。
「で、でも――」
少女は、戸惑う素振りを見せて動き出すことができていない。何が少女の妨げになっているか俺にはわからなかった。しかし、この場に残られては困る。
「いいから、逃げろ!」
「――!」
俺は、もう少女に一度強く叫ぶ。
少女は、先ほどより強く怒気のこもった声に驚く。
「ひ、人を……、人を呼んで来ますから!」
少女はそう言って、森の外へ走り出した。
走っていく少女の背中を見て、俺は安心する。これで周りを気にすることなく、ゴブリンに集中することができる。
ゴブリンは、イラついたように威嚇を繰り返しているが、逃げた少女を追うことはなかった。
「これで1対1だな。」
俺は言葉が通じないとわかっていても、ゴブリンに対してそう告げる。
ゴブリンは、それにこたえるように、まずは邪魔なお前からだ、と言うかのように槍の先端を俺に向けて構えた。
****あとがき****
読んでいただいてありがとうございます。
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