第6話 ぬいぐるみ。


天文サークルに入ることになって、今はすっかり夕方になっていた。


家に帰って夕飯が何もないことに気づいたが、今更もう一度家に出てスーパーに行くのもなんか面倒に感じてしまう。


「どうしようかなぁ~」


奇跡的に冷蔵庫に何か食べ物がないかと確認するが、中には納豆しか入っていなかった。


「コンビニで弁当買おうかな」


なんて考えて、俺が家を出ようと財布を手に持ったとき、不意にインターホンの鳴る音がした。


俺はそのことに不審に思いながらもゆっくりと扉を開ける。


「あの、しゅう……古橋さん……」


開けると目の前には一ノ瀬さんがいた。


「どうしたんですか?何か緊急事態とかですか?」


お隣さんの関係である以上、助け合いは大事というもの。

何かあったのなら助けたいと思ったのだが、どうやらそうではなかったらしく、一ノ瀬さんは首を横に振った。


「えっと……じゃあどうしたんですか?」


そう言うと、一ノ瀬さんは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに下を向いた後、勢いよく顔を上げた。


「あの!よっ、よかったら一緒に……食べませんか………」


一ノ瀬さんは徐々に声のボリュームが小さくなっていき、最後の方はなんとか聞き取れるくらいの小さな声量になっていた。


俺はそれを了承するとともに質問した。


「それは全然いいんだけど、どこで食べるの?」


俺の質問を聞いて一ノ瀬さんはまた恥ずかしそうに下を向いてしまった。

と、思ったら上目遣いで言ってきた。


「私の家じゃ、だめですか……?」


いや、そのお願いのされ方されたら誰も断れないだろ……

でも、いいのだろうか。女子の一人部屋に今日知り合った男子を連れ込んでも。


俺は疑問をそのまま口にする。


「俺男だけどいいの?もちろん何もしないって誓うけどさ」


「しゅ……古橋さんは優しい方だと知っていますから。その心配はしていません」


さっきまでもじもじしていたのが嘘のようにはっきりと俺の目を見て言ってきた。


もちろん俺のことを信頼してくれるのは嬉しいけどさ?

でも、俺たちは知り合ってまだ一日目は訳で……

もしかして、一ノ瀬さんは桁外れに警戒心が欠如しているのだろうか。

そう心配してしまう。


「そっか、信じてくれてありがとう。じゃあ、お言葉に甘えようかな」


俺はそう言うと、一ノ瀬さんは嬉しそうに頷いた。


「はい!じゃあ一緒にご飯食べましょう!」


一ノ瀬さんは自分の家のドアを開けて中に俺が入るように促す。

俺はそれに従って中に入ろうとしたときに思い出した。


そういえば、女子の部屋に入るのは葉月の部屋以来だったなぁ……


今頃葉月は何をしているのだろうか。

夕飯作ってたりして?


まぁでも、きっと今頃彼氏とデートしてるんだろうなぁ……


なんて、何かある度にふと元カノのこと思い出して……


本当に、惨めだなぁ…俺。


***


部屋に入ると、一ノ瀬さんは部屋の中央にあるローテーブルの近くに座るように言ってきたのでそれに従って座る。


女子の部屋を見回すのは気持ち悪いと思い俺はローテーブルを凝視していると、近くに見覚えのあるぬいぐるみが置いてあった。


「このキャラ懐かしいなぁ」


たしかこのキャラは葉月も好きだったなぁ……

でも、名前何だったっけ……


このキャラめちゃくちゃマイナーだから知ってる人全然いないんだよなぁ……


俺は思い出そうとぬいぐるみを凝視していると、ふと名前が浮かび上がった。


「そうだ、ツラゴンだ!」


すっかり人の部屋にいることを忘れてしまった俺は、大声でキャラの名前を言ってしまった。


その声は一ノ瀬さんまではっきりと届いていたらしく、一ノ瀬さんはこっちに来て慌てた様子でツラゴンを隠した。


なにか気に障ることをしちゃったのかと思い、俺は素直に謝罪する。


「ごめん、ちょっとそのキャラが懐かしくてさ」


頭を下げて誠心誠意謝罪すると、一ノ瀬さんも頭を下げてきた。


「いいえ、古橋さんは何も悪くないんです。本当にごめんなさい」


俺がツラゴンを思い出しちゃったせいでとてつもなく気まずい空気になってしまった。


どうしようかと悩んでいたら、一ノ瀬さんはツラゴンを布団の中に隠して台所に置いてある料理を持ってきてくれた。


「私が作ったカレーです……よかったら食べてください」


「あ、ありがとうございます。いただきます」


「はい、どうぞ」


なぜか丁寧語になってしまう。

葉月の手作り料理を食べたことがなかったので、人生初の女の子の手料理だった。


俺は恐る恐るスプーンで掬って一口食べてみる。


「うんまっ、なにこれ……」


無意識に感想が口から出てしまっていた。

俺の言葉を聞いて、一ノ瀬さんは安堵のため息を吐く。


「よかったです!それじゃあ、私もいただきます」


一ノ瀬さんもカレーを食べ始めた。


さっきまでは、ものすごく気まずかったけど。

こうして一緒に夕飯を食べていると、少しだけ心の距離が縮まった。


そんな気がした。

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