第5話 かすかな望み。


葉月がどうしてここに……


俺の頭は混乱していた。

この人は葉月なのか?

いや、でもそんな偶然あるわけ……


俺が思考をフル回転させていると、今朝の出来事を思いだした。


そういえば、この人俺の隣の家の人だったような?


それはつまり奇跡が重なればサークルのメンバーと隣人が元カノということになるのか?


そのことについて少し考えてみたけど、すぐに現実に戻る。

ははは、さすがにありえないよな。そんな非現実的な話。


葉月に会いたいからって、なに夢見てんだよ……


でも、もし本当に彼女が葉月なら……

俺は……


……なんて、考えてしまう。

それくらいには俺は重症なのだ。

もう一度、葉月に会いたい……

もし会えたら、その時は……


って、馬鹿すぎるよな。

もう変な妄想するのはやめよう。


だって、葉月が隣にいることなんてもう、あり得ないのだから。


***


佐々木先輩が葉月に似た彼女に近くの席に座るように誘導する。

それに従うように彼女は席に座ったのだが,彼女はなんと俺の隣の席に座ってきた。


いや、なんで隣に座るんだよ!もっとほかに席はあっただろ!?


彼女は少し恥ずかしそうに顔をほんのり赤くしていた。


でも、ここはこの人が葉月なのか判断する良い機会なので、バレない程度に俺は彼女の顔をチラ見する。


ちらちら彼女の顔をいていると、何故か彼女も俺のことをちょくちょく見てきて少し嬉しそうに顔を綻ばせた。


何故俺のことを見てくるのか疑問に思っていると、美島先輩が彼女に話しかけた。


「もしかして、部員希望ですか!?」


美島先輩の笑顔に彼女は少し怯えながらも、しっかりと返事をした。


「はい、そうです……」


その返事を聞くや否や先輩二人は大喜びでハイタッチをしだした。

いや、新入部員が増えることは嬉しいけど、そんなことより……


この人の名前は何て言うのだろうか。

もしかしたら苗字が桐谷なんて可能性を期待してしまう。


そんな期待をしていると、美島先輩が自己紹介を始めた。


「私は天文サークルの副部長やってます美島優香で、私の隣にいる人が部長の佐々木航汰。そしてあなたの隣にいる人は今日入部してくれた古橋柊夜さんです」


美島先輩が自分の分まで紹介してくれたので、俺は隣に座る彼女と目を合わせて軽く会釈をする。


すると、先ほどまでの緊張していた顔が嘘のように満面の笑みで会釈をしてきた。

今の自己紹介で何かいいことがあったのだろうか?

まぁきっと、このサークルに同期ができたことが嬉しいのかな。


美島先輩の自己紹介に続くように彼女も自分の自己紹介を始めた。


「わ、私の名前は、きり……一ノ瀬葉月です。よろしくお願いします」


一瞬「きり」と言っていたので桐谷を期待したけど、きっと緊張で噛んでしまったのだろう。


でも、そっか……

名前は葉月で一緒なんだけどな……


勝手に期待しただけで一ノ瀬さんは何も悪くないのだけれど、少しショックだった。


やっぱあり得ないよなぁ……

葉月が近くにいるなんて……


そんなことを考えていると、また今朝の会話を思い出した。


そういえば隣に住む人も名字が一ノ瀬だったような……


名字と名前は一致してるし、容姿も似てる。

ってことは……


この人はお隣さん!?


俺は凄い勢いで横を向く。

すると彼女は俺と目が合いすぐに視線を逸らした。


この感じ、多分俺がお隣さんだって一ノ瀬さんは気づいてるよな……

だからずっと恥ずかしそうにしてたのか。


………奇跡は、起きなかったかぁ……


分かっていた。

そんな奇跡が起きないことくらい。本当は分かっていた。

それでも、俺は期待してしまった。


もしかしたら彼女は桐谷葉月なのかもしれないと。勝手に期待してしまった。


勝手に期待して勝手に落ち込んで。


本当に馬鹿すぎるだろ、俺……


こうなってしまったら、もう俺の今後は決まったよな。


このサークルのメンバーで

葉月のことなんか忘れられるくらいたくさんの思い出を作ろう。


そうだ、そうしたらいいんだ。

なんで今まで気づかなかったんだ俺は。


いつかまた会った時に、葉月が嫉妬するくらいこの人達と青春すればいいんだ。


そうしたらきっと、この今の気持ちだって……


忘れられるはずだよな……


***


結局この日は自己紹介と部活の活動内容を聞いて終わった。部室を後にすると目の前に一ノ瀬さんが歩いていることに気づいた。


俺は足を止め、一ノ瀬さんに言う。


「あの……一ノ瀬さん」


彼女は驚いた様子で後ろを振り向いた。


「は、はい。なんでしょうか?」


答えは分かっているけど、最後の最後。

一縷の望みにかけて質問をした。


「一ノ瀬さんは昔、名字が桐谷だったりしますか?」


「……い、いいえ、私は昔から、い…一ノ瀬……でした……」


やっぱり、そうだよな………


この瞬間、俺のかすかな望みは終わりを告げた。

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