第100話 先んずれば人を制す
「お、お兄様ちょっと!」
ならば善は急げとお兄様の腕を取り、炊事場の屋根の外、石窯の裏へと連れ出した。
「何!? ロゼッタ内緒話かい?」
「お兄様、キャロル先輩を星祭りのダンスに誘いました?」
「はあっ!?」
若干声を落としつつもストレートにお兄様に尋ねる。
「突然なんだよ、そんなこと今はいいだろ!」
「大事な話なんですわー!」
お互い声を潜めつつも最大限の声音でアピールする。
回れ右をして席へ戻ろうとするお兄様を体重を掛けて引き留め、ちょうどあった切株へと強引に座らせた。
「絶対早く申し込んだ方がいいですわ! キャロル先輩は人気者なんですから早く声を掛けないと。のんびり当日まで待っていたら誰かに先を越されちゃいますわ!」
「ぐっ」
心当たりがあるのかお兄様も言葉に詰まっている。
「先手必勝というではありませんか」
「そんなことは、分かっているよ」
お兄様がぷいと顔を背けた。
「…もうばれているから話すけれど、誘おうとは思っているし、誘うつもりだけれど…その、まだタイミングが掴めなくて…」
ポツリとお兄様が弱音を吐く。
タイミングか…。
たしかに炊事チームは基本的に集団行動だし、活動場所も炊事場がメインで二人っきりになったりすることはあまりないんだよね。お兄様以外はみんな女子でなんとなく気後れしてしまうという気持ちも分からないでもない。
『お兄様が言えないなら妹の私から言いましょうか?』という言葉を私は寸でのところで飲み込んだ。
だってなんかそれは違う。
人の恋路を手助けしたことなんてほとんどないけれど、せっかくお兄様が自力で株を上げているのに、私が先に思いを伝えちゃうのはダメだと思う。
そもそも何て言って誘うというのだ。『キャロル先輩、お兄様と夏祭りご一緒していただけないですか?』って? それこそ『ダメ兄貴』のアピールになって逆効果なんじゃない??
「もういいだろ、話がそれだけなら戻るぞ」
顔を真っ赤にしたお兄様は、私をずるずると引きずってしれっと試食会へと戻った。
「内緒話終わった?」
「ああ、お菓子が美味しいので、他の一年生に少し貰ってもいいかって相談だった。少し分けてやってもいいかな?」
にこにこと笑顔で話しかけてくれるキャロル先輩に、上手に話題をはぐらかして話すお兄様。
「まあ! そんなことでしたらいくらでもどうぞ」
「3人分でいいかしら」
「キッチンペーパーで包んであげましょうね」
「内緒話をすぐに話しちゃうなんて、悪いお兄ちゃんだね~」
和やかでとても雰囲気の良い炊事チームの皆さんとの関係は凄く良い。
(…でもまあ、実際二人っきりになったらなったで兄は絶対挙動不審になるよね…)
それが簡単に出来てればお兄様はヘタレなんて言われてないんだよなぁ…。
このままお兄様に任せるのか、妹がでしゃばるのかはたまた何か別の方法があるか。脳内会議に結果が出ない。
(難しいところだなあ…)
私はそのまま何もなかったようにいただいたスイーツを全て平らげ、お土産にクッキーをもらった。
今のところは順調だし、むしろ下手に突つかず流れに任せた方がいいかもしれない。
ぼんやりとそんなことを考えながら当初の目的であった宿舎裏の物置へ向かい、追加のワイヤーとネジと釘、あとペンチなどの工具を取り出した。
(……)
私はこういった作業は好きだから抵抗ないけれど、ご令嬢は普通、力仕事をしない。
(そりゃそうか)
だから、ここに来て力仕事を変わってくれる男子生徒の株は軒並み上がっている(はず)。
実際、電気網の設置も何だかんだでユージン先輩が指揮を執ってくれているし、丸太を運んだり、高いところの作業は他の農園担当の人が助けてくれたりしてとても助かっている。
今回の自給自足生活といったような一次産業的作業は男性の力が大きい。
お兄様だって炊事チーム内でも石窯で使用する薪割りなんかを一手に引き受けていることで、『頼りになる男性』としてジワリジワリと株が上がっているのだとか。
(星祭り当日には、ちゃんと声を掛けるんだからいいか…)
農場に向かう石畳を歩きながら小石を一つ蹴る。
実際にリアルに本音を零したお兄様を見て、むしろへなちょこお兄様にしては凄く凄く頑張ったんじゃないかとか思ってしまう。
私も恋愛ゲームはやり込んでいるけれど、リアル恋愛スキルは幼稚園児以下だもの。自分だったらできるかというとたぶんできない。人の恋路を全力で応援することはできるけれど、恋愛の機微とか的確なアドバイスとかは正直自信がないなって。
(……)
ヘタレ兄妹と言うなかれ。
そもそも『ダンスのパートナーになってくれませんか?』なんて文化、日本にはないし!
私だってペアダンスの印象なんて、ハリー〇ッターが苦労してたな~という認識しかない。あんなに人気者のハリーですら苦労してたんだから、お兄様が苦労するのはむしろ当然だな!とか思ってしまう。
ほんと、こちらの世界の恋愛マスターはどんなタイミングで声を掛けるんだろうね。
有識者の方に聞いてみたいくらいですよホント。
「ロゼッタ嬢、私の星祭りのダンスパートナーになってくれないかな?」
そうそうこんな感じ。
自然でいて押しつけがましくなく、スマートに約束を取り付けている。
と、考えすぎてついに幻聴まで聞こえるようになってきた。
「ん、空耳?」
「いや現実」
工具を抱えて立ち尽くす私。
目の前にはロイヤルスマイルを浮かべるアルフレート先輩と、その後方には作りかけの電気網としゃがんで作業中の目を丸くしたユージン先輩、ほか作業メンバー多数。
「あ、練習ですか?」
「いや本番の話。もちろん練習もお願いしたいな」
「え?」
突然の出来事にフリーズする私。
作業中の皆さん全員の視線を一心に集めているのに、目を向けると皆さっと視線を逸らして誰一人として私に目を合わせてくれない。
ダンスってダンス? 何??星祭りの??
えっと、私は星祭り当日は忙しくて大猪からお兄様を守らなくては行けなくて…。
目を白黒させる私を見てアルフレート先輩は朗らかに笑った。
星祭りの予定には王子様とダンスとか入ってないんですけれど!?!!!
****
待て次号!
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