第92話 お兄様の雄姿



 私は宿舎の玄関から遠巻きに広場を確認し炊事場へ向かう。

 既に授業の痕跡は片づけられ、木陰で休憩するといった生徒の姿もない。

 よかった、血痕があったりしたらびびってしまうところだ。


(そういえば、今日の夕飯はどうするんだろう)


 まだ日は高いけれど、自給自足のこの生活。ご飯は自動では出てこないのだ。

 今日は食欲が無い人も多いかもしれないけれど、明日からはまた純粋な労働が行われるわけだし、腹が減ってはなんとやらだし…。


 最初の説明で炊事チームだけは朝昼晩調理場に立つように言われていたけれど、今日の晩ご飯のことは言われてなかったんだよね。



『内臓は丁寧に扱う事、中身が飛び出すと悲惨なことになるからな』


 炊事場から元気な声が聞こえてきた。

 あれ、この声は…。


 短く刈った金髪にムキムキの後ろ姿。

 バーナード所長と狩りチームの皆さんだ。ロイド先輩もいる。

 先ほどパンをこねていた調理台から少し離れた場所にある洗い場で大きなたらいを地べたに置いてなにやら作業をしている。…何だろう、洗い物かな?


『野営でもうまい飯を用意できる奴は重宝されるから、覚えていて損はない』


 あ!なるほど。

 どうやらさきほどの授業で無事にお肉になった肉(?)の下処理をしているみたい。大きなたらいに水を張り、モツ?を洗っている。

 そういえばロイド先輩、以前騎士見習いの野営で、微妙な飯を食べた経験があるって言っていたっけ。同じ貴族でもこういったことは経験済みなのかもしれない。


「さて、では今晩のメニューはどうしようか」


 解体した肉をテーブルに並べ、バーナード所長が腕まくりをする。

 本日のお肉ヤギ丸ごと2頭分。質素倹約を目指している訳ではないそうだが、これだけの肉を一度に料理するとなるとご馳走だ。夕飯の支度をするにはまだ少し早いけれど、バーナード所長が手ずから料理を振る舞うのであれば早すぎると言うほどでもない。


「毎年2日目は食欲が湧かない生徒が多いからメニューは悩むんだが…」

「あの、僕も手伝ってもいいですか?」


 バーナード所長が振り返ると、そこには青い顔をしたお兄様が立っていた。


(お兄様! なぜここに!?)


 私は物陰にさっと身を隠して、こっそりとお兄様の様子をうかがう。

 救護室でも自室でもなかったんだわ。

 …てか私なんで隠れちゃったんだろう!? 隠れる必要はなかったのにね???


「おや、君は…」

「僕は炊事班のジーク・イオリスと言います」

「そうか! それは助かる…が、大丈夫かね?」


 バーナード所長が言葉を濁している通り、お兄様は軽い貧血を起こしているんじゃないかしら、顔も随分と青白い。


「はい、もう大丈夫です。バーナード所長が調理場に立っていらっしゃったので、もっと教えていただきたくて…」

「ほう…それはいい心がけだが…そうだな、何を学びたい?」


 バーナード所長が面白いものを見つけたように目を輝かせてお兄様に質問する。


「その、そうですね…先ほど授業で所長がおっしゃった通り、このお肉を絶対に美味しい料理にしてあげたいと思ったのですが、僕は胸肉やもも肉を使って料理を作ったことはあっても、その他の部位はあまり扱ったことが無いのです」


 うんうん、そうだね! 分かる! 私も無いよ。

 レバー…は分かるけれど、他はどうしたらいいか分からない。


「全部、丸ごと美味しく食べられる調理方法とか扱い方とか教えていただきたいと思って来ました」


「うむ! その意気や良し!!」


 うわあ、でっかい声!びびった!!

 お兄様の返事がいたく気に入ったのか、バーナード所長は大きな声でお兄様を褒める。

 私も驚いたけれど、狩りチームの皆さんも一様に驚いてお兄様に注目した。


「猟師側ももちろんだが、調理する側にも同じくらい食材には敬意をはらって貰いたいと私は常日頃から思っていた!! 私はプロのシェフではないから料理はそれほど得意ではないのだが、こういうことなら大歓迎だ!! ぜひ何でも聞いてくれ!!」

「あ、ありがとうございます!」

「じゃあまずは、彼らの下処理を手伝ってもらえるか?」

「はい!」


 お兄様は嬉々として狩りチームに混ざり、やり方を教わっている。


「赤モツは串焼きにして、白モツは煮込みにしよう。腸は塩漬けにして後日ソーセージの皮にするか…。リブなどの骨付き肉はスパイスをたっぷり利かせたカレーだな」


 バーナード所長は次々と各部位の調理方法を指示していく。

 なるほど、こうして見ているとちょっとかっこいい。

 最初はちょっと暑苦しいな~とか思っていたけれど、料理ができる男性ってやっぱりいいよね。


「丸ごと全部、無駄にはしないし、全て美味しくいただく予定だが、調理や味付けなどは協力を頼んでもいいだろうか」

「はい、僕でお役に立てるのであればぜひ!」


 バーナード所長の提案にお兄様が頼もしく応える。


 見てよ世界!!! お兄様の雄姿を!!!

 私のばかばか、推しへの理解がまだまだ未熟だったわ!

 お兄様は優しくて、そして立派なお兄様なのよ(語彙)


 調理チームはお兄様の他はみんな女性だからこう…無理には誘えないけれど、お兄様はとにかく凄いんだから!


 推しが立派過ぎて尊い。

 全力で誰かに自慢したい。


 私は壁の影から歯ぎしりをしてお兄様を見つめる。

 …キャロル先輩は声を掛けたらこの場に来てくれる気もするけれど…悩む。肉のインパクトはまた別としてここにはロイド先輩もいるのよねぁ…。今から違うフラグが立っちゃうと困るから今回は見送るしかない。


 でも本当にもったいない!

 お兄様下手に目立とうとしないで普通にしてればすごくいい男なのに! どーしていつも人気の少ないときにこういい感じの言動するんだろうね!? お兄様の格好いいところは見てもらいたいのに周りに女子が一人もいないよ!!?

 ほんとどういうことなの?



 夕方、スパイシーで食欲を誘うカレーの匂いがただよい、一人また一人と食事のテーブルへと誘われてきた。

 特別授業にショックを受けて意気消沈していた生徒達も美味しい匂いに誘われれば、腹も鳴るというもの。


 朝も昼も夜も、ここは自由なビュッフェ形式。

 無理に食べる必要は無いけれど、お腹が空いたら食べればいい。 


 本日は所長の特別料理ということで、米が炊かれ、スープとカレーの大鍋が並ぶ。

 ビュッフェには今まで食べたこともないようなお肉もズラリ。私は一本だけ串焼き肉を食べたけれど歯ごたえがあって美味しかった。


 可哀想だけれど美味しい。

 やっぱり美味しいは強いのだ。


 あと所長のカレーはスパイスの配合が独特でめちゃくちゃ絶品だったので、これは本当に食べるべきだと思いました!! お家のカレーとかじゃなくて、本格インド料理のお店で食べたやつみたい(伝われ)!


 アレク先生もお代わりしていたので本当に美味しいんだと思うよ!

 ライスもいいけどナンも食べたいです!






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