第91話 まさかまさかの『特別授業』③
『狩りのチームはまた明日にでもきちんと教えるが…』
『きき耳ウサギ』からのバーナード所長の声が聞こえてきた。
『獲物を絞めたら直ぐに血抜きをする。持ち帰ってから処理するのでは遅い。どんどん味が落ちてしまうからな、時間との勝負になる』
本日二回目の特別授業は一回目の授業では聞いていない話題からスタートした。
どうやら狩りのメンバーへのアドバイスも追加しながら授業を進めているみたい。
なるほど、さっきよりちょっと詳しい…けど男子向けなのかちょっと口調が荒っぽい…かな?
1回目の授業はあれで一応女子生徒用にと気を使ってくれていたのかもしれない。
…ヤギ、今から血抜きするのかな…てことはまさかまだ生きてる?
バーナード所長の声を聞いているだけでもどきどきしてくる。
『これは俺の持論だが、肉は美味しく食べることが大切だと思っている。本来美味である肉を手際の悪さで不味い肉にしてしまうなど言語道断、食材に対して大変失礼なことだ』
私たちの心配をよそに授業は淡々と進む。
なんというか先ほどの授業の時よりも熱意を感じるというか、食材への愛?が溢れているというかなんというか。声だけでも熱弁を振るっているバーナード所長の姿が目に浮かぶようです。
『肉の鮮度を保つためにできれば冷却魔法の装備を用意すること。用意がなければ水辺などを利用してすぐに獲物の体温を下げることが重要だ。夏は特に一刻を争うと言っても過言ではない』
バーナード所長って研究員って感じがしないと思ったけど、実はプロの狩人だったのかな? この研究所の施設といいなんというか、アウトドアのプロ?
生徒がいない間は施設の作業をほぼ全て一人でやっているって話だったけどもしかしてバーナード所長が全部一人でやってたりして。
「うん、やはり貧血を起こしている生徒が数人いるね」
『きき耳ウサギ』と視界を共有したアレク先生が向こうの様子を確認する。予想の通りショックを受けた様子のご令息がちらほらいるらしい。
「でも人数は想定の範囲内だ。そうだね、君たち二人はもう休んでもらっていいよ」
アレク先生が私とアメリアさんに告げた。
「後は私とシルヴィ・アルダー君のゴーレムで手が足りるから大丈夫」
そう言ってアレク先生は意味ありげに微笑む。
なるほどピンと来た。
「分かりました、では私たちは失礼いたしますね」
怪訝な顔をしているアメリアさんを連れて私は早々に救護室を後にする。
ご令息がたのプライドのためにも私たち二人は席を外した方がいいってことですね、了解。男女別に授業を受けさせられたのも全てはこのため。
こういう時は男の子だって無理しなくていいと思うよ。
***
アメリアさんとも廊下で別れて自室へと戻って来た。
さて降ってわいた自由時間である。
さすがに女子生徒の皆さんもおしゃべりをする気も起きないのか、素直に部屋で休んでいるのか廊下も広場もほぼほぼ無人でしんと静まり返っている。
まだ日は高いけれど、朝からたくさん歩いたし、授業は衝撃的だったし確かにハードな半日だったかも。
私は窓を開けて外の空気を吸う。
景色は美しいし風は気持ちが良い。時折何もない空間がキラキラと輝いていたり花びらが舞っていたりする一方で今まさに血なまぐさい命のやり取りが行われている。
初めは驚いたけれどここではこれが普通なのだ。
現実感は全くないのだけれど、実際に目の前で起きていることを受け入れるしかない。
ふと視界の端に男子生徒の姿が見えた。どうやら特別授業が終わって解散したみたい。
(お兄様は大丈夫だったかな…)
ロイド先輩は大丈夫そうだけれど、ユージン先輩やアルフレート先輩は? それにモブAモブBは大丈夫だったかな、なんて少しだけ思う。
ところで、こんな授業を行っていて貴族の保護者からクレームが来るのではないかと思っていたのだけれど、そうはならないらしい。
なぜならこの『夏の課外授業』を経ることで生徒の魔力も格段に上がるから。
しかもこの授業は昨日今日に始めたものではなく、親世代もしくはその前の世代から結果を出しているのだとか。数日後にパートナー精霊との契約もあるし、魔力は多ければ多いほどいいものね。
(そうだ、お兄様にフルーツのジュースでも作って差し入れてみようかな)
この間の競馬場でもジュースの差し入れは喜ばれた。
炊事場に果物もたくさん届いていたし、好きなだけ食べていいバイキング形式なのでちょいと拝借しても大丈夫だろう。
生徒の名誉のために誰が具合が悪くなったとかの情報は伏せられていたけれど、私はちょっとお兄様のことだったのではないのかと心配している。
お兄様も絶対あの授業内容でショックを受けて心を痛めているのではないかなあ、と思うのだ。
いるとしたら救護室かしら。さっとジュースを作って救護室かいなかったらお部屋に持っていけばいいかな?
****
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