第90話 まさかまさかの『特別授業』②


 『特別授業』が終了し、バーナード所長から解散していいと声がかかったものの、生徒たちはみな言葉もなく座り込んでいた。


 私とアメリアさんはしくしくと泣き出してしまった女子生徒の手を握ってなぐさめたり、具合の悪くなった生徒には冷えた水のコップを配って回ったり、立ち上がれない生徒には肩を貸してあげたりとゴーレムも活用しつつ忙しく動き回っている。


 魔法学園の生徒はほとんどが蝶よ花よと育てられた貴族社会の子供たちだ。

 当然こんな風に目の前で『生き物』が『肉』になるところなど初めて見たに違いない。もちろんロゼッタだってそう。

 私も今は魔法で感覚が鈍くなっているから平気だけれど、初見で見たらどうだったかな。


 介抱の合間に空を見上げる。

 相変わらずきらきらと輝く白銀の精霊樹と、ファンタスティックな空のコントラストが夢の様に美しいのだけれど、ほんのちょっぴり物悲しく感じる。


 御伽話なんかでもなんでもない。

 ここは普通にリアルな現実だ。


 精霊の存在にワクワクして胸が躍っても、この世界は夢じゃない。

 ちゃんと現実。


 生徒わたしたちはきちんと現実を見て、地に足をつけてここで色々なことを学ばなくてはいけない。

 生き物の解体だって普段はあまり目にしないことだし正直恐れおののいてしまうけれど、これは世界中どこでも日常的に行われていること。

 むしろお肉屋さんにとってはこれが毎日の仕事だ。


 可哀そうだとは思う。でもだからと言ってあなたは明日からお肉を食べませんか?って言われたら私は『いいえ』って答える。


 なぜなら

『やっぱりお肉は美味しいから』


 この一言に尽きる。

 そんなことを考えつつ、残っていた女子生徒全員を無事宿舎へと返した頃、タイミングを見計らったかのようにアレク先生から『声の鳥』が届いた。


『君たち…ああ、シルヴィ・アルダー君も含めて全員、救護室まで来てもらってもいいですか?』


 なんだろう、三人まとめて呼び寄せるとは何か別の用事が発生したのだろうか。


『分かりました。では三人で向かいます』


 私はアレク先生へと『声の鳥』で返事を送り、アメリアさんとシルヴィ君と研究所の玄関口で合流して救護室へ向かった。


「アレク先生、どうしましたか?」


 やけに静かな救護室のドアを開けると中にはアレク先生一人。


「あれ? こちらに運ばれた生徒たちは?」


 先ほどゴーレムに運んでもらった生徒達の姿がない。

 気絶した生徒、貧血を起こした生徒たちは皆こちらへと送ったはずなのに部屋の中もベットも全て空っぽだ。


「ああ、皆目を覚ましたので軽く問診をしてそれぞれの個室へ帰しました。休むにしても自室の方が落ち着くでしょうから」

「それは…たしかにそうかもしれませんが、大丈夫なんですか?」


 ショッキングな授業を受けたので、一人でいたらいろいろと思い悩んでしまったりしないだろうか。


「ひとまずは大丈夫、君たちと同じ『おまじない』をかけておきましたから」

「なるほど…」


 感受性の強い生徒は一時だけでも鈍くしてしまえばいいってことか。

 それなら納得。

 先生の『おまじない』は凄くよく効く。

 確かに先生とはいえ他人で、しかも男性がいる場所では貴族のご令嬢はゆっくりと休めないものね。


「何かあれば遠慮なく連絡するようにと伝えてありますし、定期的に様子を見るので、しばらくは大丈夫かと思います」


 今は大丈夫でも夜中に夢に見たりすることがあるのでちゃんと精神面のケアとかも必要なのだとか。


「ところで、何か別の用事でもありましたか?」


 三人揃って呼び寄せたのだから他に何か人手が必要な仕事でもできたのだろうか。


「うん、いや…その2回目の方はちょっと刺激が強いかな、と思いまして」

「二回目?」

「はい、二回目の『特別授業』です」

「???」


 さっきまではきはきと話していたアレク先生の歯切れが何となく鈍い。


「授業内容は男女とも同じだという話でしたが…?」


 私はアメリアさんと顔を見合わせる。

 『特別授業』は男女別に行われるので、私とアメリアさんは二回目は参加しない。

 なので必然的に男子生徒のサポート担当はシルヴィ君ということになる。

 まだ幼いシルヴィ君にあの授業を見せるのはちょっとだけ抵抗があるけれど、たくさんのゴーレムを使役することになるのでシルヴィ君は必要不可欠のはずだ。


「いやね、ロットンのやつが突然『狩りチームには絞めるところから一緒に見せる』と言い出しまして…。ちょうど狩りチームは男子生徒のみでしたし、彼らに見せるのであれば男子生徒全員も一緒にやったらいい、ということになったのです」

「えっと…それは」


 さすがにしんどいかも。

 私たちがさっき見たあれはもう血が抜かれていたお肉だったけれど、実際にまだ生きている生き物から見るのはちょっと…怖い。


 私はアレク先生が私たちを呼び戻した理由を何となく察した。

 その…シルヴィ君によろしくないよね。

 隣に立つ天使のような見た目の彼を覗き見る。

 大人びてはいるけれど、まだ子供だし…いや年齢不詳だから本当の所は分かんないけど。


「急に変わったんですか?」

「はい、困ったものです…」


 どちらかというと放任主義のアレク先生もバーナード所長の奔放さにさすがに困り顔。


「一応向こうには『きき耳ウサギ』を配置してあるので、声はここで全員が聴けるようにします。大変申し訳ないのだけれど、シルヴィ・アルダー君は私の指示通りに遠隔でゴーレムを操作してもらってもいいでしょうか」

「はい、それは大丈夫ですけれど…」


 ボクだって男なのに…という小さな声が聞こえたけれど、私たちは綺麗に黙殺した。

 天使に血なまぐさい現場を見せたくない。

 さっきの独り言とは完全に真逆の発想になるけれども、仕方ないよね。だってそう思っちゃったんだもん。アレク先生も同じなんじゃないかな。


 こういうのが人間のエゴなのかなぁとは思うけれど、でもエゴで結構!

 私もそれでいいと思います! 人生いろいろ全部が全部白黒きっぱり分けられないよね!

 シルヴィ君は来年でいいじゃない。いや来年でもちょっと早いかな、とは思うけれど。


「となると、女子生徒ほどでは無いにしても男子生徒にも具合の悪くなる生徒が多数出る…ということですね?」

「その通り」

「なるほど」


 救護室を空にしたのはそういうことか。

 男女別の本当の意味。

 女子生徒に気を使っている風を装いつつ、実は男子生徒のメンツを守るためだったりする。


(お兄様は大丈夫かな…)


 お兄様は勇壮でも勇猛でもないけれど、とても心が優しいのだ。所長の授業で具合が悪くなるだけではおさまらず、もしかしたら泣いちゃうかもしれない。


 アレク先生は先ほどから目をつぶって肩に乗せた魔法道具『きき耳ウサギ』と視聴覚をつなげている。


 ちなみに『きき耳ウサギ』というのは声の鳥とはまた違った魔道具で、二匹一対でセットになっているウサギ型の連絡手段。送り手の兎が聞いた音声を受け手の兎から聞くというもの。肩に載せておけば骨伝導でそのまま伝わるし、スピーカータイプに設定すれば、耳から振動を発してオープンサウンドにもなる。また肩に載せた持ち主のみ送り手のウサギと視界の共有もできる。

 可愛い過ぎて魔道具というにはちょっと抵抗があるのだけれど、精霊の力を借りて生成された半分生き物みたいな生体アイテムだ。

 見た目がまるで白いおまんじゅうみたいなその姿はすごく愛らしくて、世間一般でも大人気! 『きき耳ウサギ』が可愛いおかげで、使い手まで可愛く見えてくる不思議。かわいいは正義。


 ちなみにこの『きき耳ウサギ』は精霊と契約して実用化されたもので、覗きや盗聴など悪用はできないことになっています、安全。





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