第69話 リングベイル伯爵



「うおお、負けた!!! 悔しい!!!」

「スカイシップめ、なんて強さだ!!」

「リベンジ! リベンジ!! 銀華賞では絶対にリベンジ!!」


 リングベイル家の厩舎へを戻るとそこは阿鼻叫喚のるつぼだった。


「うわ…」


 お昼の時点では和気あいあいとしていたトビー、ラック、テッパンさんにシロホシさんを加えた従業員の皆さんが、きれいに掃き清められた厩舎の廊下に大の字になって嘆き悲しんでいる。


(そう…だよね、こうなるのがリアルだよね…レース負けちゃったんだもん)


「オラ! お前ら!!悔しがるのはいいが、仕事はちゃんとやってんだろうな!!」


 床に転がったまま起き上がるそぶりのない皆さんにモブAの激が飛ぶ。


「はい、それはばっちり」

「ナギサの手入れも完了です」

「飼い付けの用意も出来てます」

「お帰りなさい、坊ちゃん、嬢ちゃん」


 まるで号令を掛けられたようにしゃきんと整列して私たちを迎え入れる皆さんはまるでバネ仕掛けのおもちゃみたいだった。


「お客さんの前だ、みっともない姿見せんな!!」

「「「はい! かしこまり!!」」」

 

 そう言って皆さんは元気にテキパキと動き始めた。


「切り替え、早いですね…」

「まあ…こっちは毎日勝った負けたをやっているからな…悔しいが、次だ」

「なるほど」


 もちろん勝つこともあるけれど、あれだけたくさんの馬が一度に競争するのだから、負けることの方が多いのだろう。この切り替えの早さはちょっと見習いたい。


「あれお嬢さん、さっきとリボンの色がちがいますね!」

「あっ、本当だ」

「イメチェンですか? お似合いです」


 め、目聡い!!


 急にスイッチが入ったと思ったら観察眼まで段違い。


「ええと、はい。こちらはロバート様にいただきました」


「「「おーーー!!」」」


 トビーさん、ラックさん、テッパンさん、シロホシさんの4人は乾燥している牧草などを飼い桶へと放り込みながら代わる代わる私のリボンを褒めては離れていく。


「坊ちゃんさすが、抜け目がねえな」

「俺も見習うか」

「その前に給料を貯めなきゃな」


 全ての感想が駄々洩れで流れている。上司(?)の目の前でも平気だなんてなんてオープンな職場。おしゃべりをしながらもテキパキ手を動かす皆さんにモブAも何も言えない様子。


「ちっ…いくぞ」


 そう言ってモブAはごそごそと物置をあさり、小ぶりのバケツを私に差し出した。


「はい?」

「リンゴをやるんだろ?」

「あ! はい! そうです!!」


 そうそう、りんご!

 ナギサにあげるのです。本日三度目。


 ぶるる、ぶるる。


 厩舎から洗い場に出ると、夕ご飯の気配を察したナギサがそわそわとこちらを見ていた。


「今日はお疲れさまでした」


 私は満を持してりんごを差し出し、バケツを用意する。

 そう、右手でりんごを持って左手でバケツを受け皿にする作戦。


 こぼさず丸ごとまるかじり。

 三度目の正直!

 ナギサはたくさんがんばったのでりんごは丸ごと食べていいと思います。


 ゴリゴリむしゃむしゃとリンゴが欠けていくのと同時に、口からこぼれたリンゴの欠片と果汁がバケツに受け止められている。


「これは…大成功なのでは?」

「そうだな」


 固形としてのりんごはあっという間に無くなったけれど、リンゴジュースになった果汁をナギサはちゃぷちゃぷと飲んでいる。

 ナギサったらレースの最中はめちゃめちゃカッコ良かったのに、こうしていると普通に可愛いお馬さんだ。


「満足したか?」

「はい!」


 これで今日はやり残したことはないですね!


「じゃあそろそろ行くか」


 ぼちぼち待ち合わせの時間である。

 ここから出て森の入り口まで歩かなくてはいけないので早めに向かわなくてはいけない。


「坊ちゃん、もう行っちまうんですか?」

「そろそろ旦那様が来ますよ」


 立ち去る素振りを察したシロホシさんとラックさんがモブAを引き留める。


「さっき会ったからいいよ…」

「おお! こちらが先ほどのお嬢さん!!!」


 渋るモブAの言葉を遮るように、大きな声が飛び込んできた。


「やあ! さっきぶりだな!息子よ!! まさかガールフレンドをお連れするとは思わなかったぞ!!! もっと早く言いなさい。大歓迎したのに!」


 嵐のような登場をしたのはどうやらモブAのお父様、リングベイル伯爵。きちんとしたモーニング姿で現れた。


「あっ、ご挨拶が遅れました。わたくしはロゼッタ・イオリスと申します」

「こちらこそ、愚息がお世話になりました!」


 がっしりと力強く両手で握手された。

 とんでもなくパワーがある。見た目はモブAにそっくりだけれど一回り大きくがっしりとしていて上品なお髭がある。


「ナギサの順位は残念だったが、我が息子が春を連れてきた!!」

「……違う」

「レースの会場でも、いったいどちらのお嬢さんがうちの息子の相手なのかとそわそわして落ち着かなかった!」

「…そこはレースに集中しろよ…」


 リングベイル伯爵の大きな声にモブAがちょくちょく反論しているのだけれど、いかんせんパワーが足りない、声量が足りない。めっちゃ埋もれてる。


「旦那様、坊ちゃんはお嬢さんにリボンを差し上げたんですよ!!」

「ニンジンやりんごも楽しそうに上げてました!!」

「お昼も皆で楽しくいただきました!!!」


 「そうか! そうか!!!」


「しかもロゼッタお嬢さんは、ジーク坊ちゃんの妹さんです!」

「ジーク坊ちゃんと同じように使用人の俺たちにも仲良くしてくれます!」

「イワシーミスではなくてナギサの応援してました!」

「ナギサのためにナギサカラーのリボンまで身に着けてくれたんですよ!」


「なんと!! そうか!!!」


 ものの20秒で身ぐるみはがされるごとくの情報量ナニコレ。

 てか、リボンカラーの事は話してないよね、話したっけ???


「なんとよく出来た嫁!!!」

「あ~~~!! うるせ~~~!!!」


 流れるようなコール&レスポンスを大声で遮るモブA。


「違うし! たまたまだから! もう待ち合わせ時間だから帰る!!」


 モブAは私の手首を掴んでそそくさと厩舎を後にする。


「今度実家の方にも招待しなさい!!」

「坊ちゃん強引~!!」

「長期休暇にはお戻りですか~」


「うるせー!」


 やんややんやと賑やかな声援を背にわたわたと退散する私達。

 モブAは負け惜しみの様に後ろに向かって叫んでいた。


「に、賑やかなご家族でしたね…」


 家族と言っても一人だけれど、リングベイル伯爵がいるだけで厩舎の一体感が凄い。さすが家長。


「うっ、やかましくて、悪か、った」


 居心地悪そうに謝るモブA。

 いや、なんか台風みたいで驚いていたのでダメージは無いです…が、モブAの口が悪い理由がなんとなく分かった気がした。




 ****






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