第63話 戦い終わって
未だレースの熱が冷めない会場を後にして、私たちは裏口の関係者エリアへと向かった。
私とキャロル先輩はなんだか色々圧倒されてしまったので、入り口前広場の端にあるベンチでしばし休憩中。ジューススタンドで買ったフレッシュジュースを飲んでいます。
「美味しいね」
「はい」
全力で応援していたのですごく喉が渇いていたみたい。
オレンジジュース、とても美味しいです。
ちなみにモブAはレースが終わってから私たちをここまで連れてきて、ジュースを二人分勝手くれ、もう一度建物内へと戻って行った。
ナギサはイワシ―ミスと同着だった。
あれだけ自信をもって絶対に勝つと挑んでいたモブAやご家族の落胆は相当だろう。
私たちが安易に慰めても効果は無いだろうし、付いて行っても役にも立たずカルガモの親子みたいになると思うので素直にここで待っていることにした。
観客でにぎわう区域と違ってこちらは人も少ないし、圧倒的に静か。
無事にレースを終えた馬達が次々と出てきては、森の小道の向こうの各厩舎へと帰って行く。かっぽかっぽと響く蹄の音がなんだか可愛い。
(レース、あっという間に終わっちゃったな…)
少しだけ傾いた日差しが木漏れ日となって私たちに降り注いでいる。
たくさんの人があんなに頑張ったのに、勝負はあっという間についてしまった。
とにかく何もかもが凄すぎて圧倒された。
「凄かったですね…」
「うん、凄かった」
「…負けちゃいましたね」
「負けちゃったね」
ナギサもイワシーミスも1位のスカイシップに勝てなかった。
私とキャロル先輩はぼんやりとレースの感想を話し合うのだけれど、初めて見たレースの衝撃が凄すぎてどうしてもオウム返しみたいになってしまう。
「でも2位も凄いと思うの」
「分かります」
スポーツの世界は1位とそれ以外で天と地ほどの差があるらしいのだけれど、それでもやっぱりみんな凄かったのだ。勝った馬も、負けた馬もみんな凄くてカッコ良かった。
「ロバート君には言えないけどね…」
「そうですね」
私たちの前では冷静だったけれど、モブAの内心は穏やかではなかっただろう。
ここに連れてきてもらう間も始終無言だったし。
「でも勝った馬も凄かった」
「わかる」
一気に駆け上がってきたナギサと競うようにしてもう一度加速してきたときは驚いた。ナギサの方が速かったのに、抜かせまいとする執念を感じた。
ウイニングランっていうのかな? 勝った馬と騎手が観客席の前に戻ってきて勝利のアピールしたりしているのだってとにかくすっごく格好良かったのだ。
遅ればせながら本当に凄い大会だったんだなあって思いました。
「わたくし、途中でロイド先輩が見えなくなったときに失格になってしまったのかと思いました」
「実は私もそう思った。」
アナウンスもそんなこと言っていたし、オーロラビジョン(?)にも映ってなかったからもうダメなのかと。
「あれはターフの外側まで行ってしまっただけで失格ではないよ」
「え?」
突然後ろから説明があって驚く。
しかも聞き覚えのある声。
「落馬していたら失格だけれど、回り道をしただけで持ち直したからね」
そう言って笑ったのは本来ここにいるはずのない人物だった。
「ミっ…!!」
喉まで出掛かった言葉を強制的に飲み込んだ。名前を呼ぶのはマズイ。
だってこの人は今ここにいない事になっているのだから。
「どうして…」
キャロル先輩も同じように驚いている。
ハンチング帽を被り、フチの分厚い眼鏡を掛けて…さっきより少しだけ変装の完成度を上げたミラージュ様だ。
「あの、出歩いて大丈夫なのですか?」
おそるおそる尋ねてみる。
たしかに変装の完成度は上がっているけれど知っている人が見ればすぐに分かってしまうんじゃないかしら?
「これから叱られに行くところ」
そう言って建物を指差しながらミラージュ様は笑った。
「叱られ…?」
「無理を通して出場したのに勝てなかったからね」
それは…そうなのか?
私は首を傾げる。
二位でもだめなのかしら。
「ロイドも頑張ってくれたけれど、結果が全てだから」
「……」
そっか。仕方のない事だけれど勝負の世界って厳しいな。
ミラージュ様も好き好んで死にかけたわけではないし、当たり前だけど自分でレースに出たかったはずだ。
『イワシーミスはあの逸走がなければなあ~!』
『スタートも出遅れたし、乗り代わりの騎手が下手だったんだ』
『やっぱり英雄じゃないから…』
…なんて、レースが終わってからここに来るまでにいくつも聞いた。
ロイド先輩は本当に限界ぎりぎりまで頑張っていたのにそんな風に言われてしまうのは悔しいし、ミラージュ様の怪我だってそもそも私たちを守るために負ったものなのに。
正直面白くない。
いろいろ秘密にしなきゃいけないのは分かっているけれど不満に思ってしまうのは仕方のないことだと思う。
知らないうちに頬を膨らませていたのかミラージュ様に軽く指で突かれた。口の端から空気がぴゅうと抜ける。
「なっ!?」
い、今指でつつかれた!?
驚く私にミラージュ様とキャロル先輩の二人がくすくすと笑っている。
「ありがとう、大丈夫だよ」
「ロゼッタちゃんて、全部顔に出るよね、貴族階級の人なのに」
「えっ」
指摘されて驚く。
あらやだ、またもや伯爵令嬢としてイカン振る舞いをしてしまったか。
…というか、そんなに私は分かりやすいですか??? 中身が庶民なのでその辺はあれだけれど、まさかキャロル先輩にまで言われてしまうなんてちょっと心外。
ていうかミラージュ様!? レディの頬っぺたをつつくとかちょっとどうかと思いますよ!? だめでしょ!? 世間一般的に。
「いけない、気を付けないといけませんね」
反省、反省。キャロル先輩やミラージュ様側の一軍のメンバーになる為にも、秘密は秘密として完璧にポーカーフェイスを貫かなければだめなのに。
「でも私はその方が助かるからそのままでいてほしいな」
学園内でも助かるし、なんてキャロル先輩がフォロー(?)してくれるけれど、そうもいきませんて。貴族社会はその技術めっちゃ大事ですから。それにロゼッタの今後を考えてもきちんと貴族としての振る舞いをしなければならないですしね??
っと思ったけど、わたくし社交界にもほぼ出てなかったから今の評価が100%でした! これはヤバイ。
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本作を面白いな、続きを読みたいな、と
思ってくださった方はぜひ、この下にある★★★で評価をお願いします!
執筆の励みにさせていただきます!
ブクマも評価もたくさん増えるといいな~☆
よろしくお願いします╰(*´︶`*)╯
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