第62話 勝負の行方



 ”さあ、今年もやって参りました王国杯! 各馬所定の位置に着いた模様です”


 高らかに鳴るファンファーレに歓声が沸き上がり、会場の熱気がさらに一段階上の熱狂に包まれる。


 なんだかとっても緊張してきた。


 スタート前。

 芝のコースに横一列に並んだ馬と騎手が跳ね上げ式のゲートの前に並ぶ。

 日本で見た箱型の物じゃなくて馬と騎手はむき出しのままなのが珍しい。じたばたしている馬はいないようだけれどなんだか馬同士が近すぎて怖い。


 ロイド先輩大丈夫かな。

 競走馬のスピードってもの凄く早いっていうし、イワシ―ミスもレースははじめてだっていうし、あんなにたくさんの馬に囲まれてパニックになったりしないだろうか。


 胸の前で手を組んでギュウと強く握りしめる。

 喉の奥に息が詰まって苦しいし、心臓はどくどくと脈打って音まで聞こえてきそう。


 白いスーツを来たスターターの人が旗を大きく振って合図を送る。

 息をのみ、一瞬だけ静かになる大観衆。

 わずかな間をおいてゲートが真上に持ち上がった。


 始まった!!

 瞬時に湧く歓声、怒声、轟く蹄音。


 ”各馬一斉にスタート! おっと一頭出遅れたか! これは一番人気イワシーミス!”

「「「ぎゃああああああ」」」「へたくそ!!」「なにしてやがる!!」


 各所で上がる悲鳴と罵声とそれを上回る音量のアナウンス。

 殺気立つ観客席にびびりまくる私たち。 


「出遅れ?!? あれはダメなやつ??」

「いや、あれでいい」


 好スタートをしたナギサをホッとした様子で確認し、モブAが私たちに説明する。

 モブA先生は解説のモブAさんにシフトチェンジだ!


「どうせロケットスタートなんて無理だしコース取りもできねえんだ『ゆっくり出ろ』と指示をした」

「な、なるほど!」


 そうか、作戦ならば仕方ない。むしろ足を温存しているのでいい、のか、な?


「いや、私が応援しているのはナギサなので!」

「それはそうだ」

「どこです? どこ??」


 スタートしてすぐ、目の前を馬たちが通り過ぎていく中でナギサを見つけようとしたけれど分からなかった。

 周りの席からは皆、それぞれお目当ての名前を叫んで応援している。


 ”まずは先頭争い。他馬を引き放しぐんぐんと逃げるゼッケン1番ミホノチャンプ! 1コーナーを回り完全に抜け出した! そのまま後続を引き離します!"


 スタート直後の直線をぐんぐんと他馬を引き離した栗毛の馬が先頭でカーブに入り、他は団子状態で進んでいく。速い!!速くて誰がどれだか分からない!!

 気が付けば馬郡の集団のお尻を見送っているという始末。


「…わ、からなかった…」


 もう馬たちは遠くを走っていてどれが誰だが全く分からない。まさに馬群。たとえ私が今双眼鏡を持っていたとしても区別ができないと思う。

 ていうかもう目で追うだけで精一杯、何だか頭が真っ白になっている。

 いや、最後方のイワシ―ミスとロイド先輩はなんとか分かった。白かったし。


「まあ初めてだし仕方がない。遠くて見えないならスクリーンを見るといい」

「スクリーン」


 大きなスクリーンには先頭を走る馬が一頭映っていた。


「あんなに…?」


 先頭の馬がどんどん後ろを引き離していて後ろの集団とはかなりの距離がある。

 スクリーンと実際のお馬さんを何度も見比べて確認する。もはや色しか分からないけれど、分かる。

 てか、あんなに差がついちゃって大丈夫??


 "逃げる逃げる! これは大逃げだ、ミホノチャンプ! 10馬身は離れている! レースは序盤から縦長の展開になりました。先頭はゼッケン1番ミホノチャンプ! 大きく離れて二番手ゼッケン4番ハルホマレ6番人気、続いてウミサチヒコは、定位置。一馬身空けて…“


 アナウンサーが先頭から順番に現在の順位を読み上げていく。アナウンスに合わせてスクリーンに馬たちが移り、ようやく帽子の色やゼッケンなどが見て取れるようになった。


 ”二番人気のナギサは後方よりの展開となっております。”


「あ、ナギサ!」


 黒い馬体が風を縫うようにして雄々しく走っている。


「よし、そのまま行け」


 モブAが拳を握りしめてナギサの応援をしている。


「ナギサ頑張れ~~!!」


 肩から指の先まで全身全霊で祈るモブAの隣で私は大きな声でナギサに声援を送った。


 ”各馬向こう正面を回り、変わらず縦に長い展開となっております。それではもう一度先頭からご案内します。先頭は変わらずミホノチャンプ、10馬身ほど離れて・・・・・・中盤後方にナギサ、定位置です。・・・馬群からポツンと離れて一頭イワシーミスこの位置、この馬の可能性は未知数です。”


 テレビ中継のようにスクリーンに遠くの馬たちの映像が転写されているけれども全く頭に入ってこない。


「イワシ―ミス…がんばれ!」


 キャロル先輩が震える声で応援する。

 なんとなくだけれど、ロイド先輩の名前は出しにくい。

 周りは全員ライバルだし、どこにおかしな耳があるか分からない。


「あの、あんなに離れてしまって大丈夫なんですか!?」


 イワシーミスだけじゃなくて、ナギサも他の馬も先頭からすごく離されてしまっている。競馬のレースを初めてちゃんと見たのでこれが普通なのかどうなのかがさっぱり分からない。


「大丈夫だ、ナギサの足なら最後に差し切る! 見てろ!」

「……!」


 興奮したモブAに背中をたたかれて前を向く。馬たちはちょうど向こう側のカーブに差し掛かるところだった。


“3コーナーを回って各馬気合いの鞭が入る! スルスルと馬群を上がって行くスカイシップ! 先頭のミホノチャンプに後続が迫る! 各馬ぞくぞくと上がって来た! イワシーミスも来た!! イワシーミスも来た!! 一番人気!! ここで後方から一気にまくってきた!! 各馬外に広がって坂を駆け上ります!!”


 轟音のような歓声が沸き上がり、アナウンスが聞えなくなってくる。

 とにかく熱量が凄い。応援の大洪水だ。


 ”おおっと18番イワシーミス!! 4コーナーを曲がり切れず逸走!! 外ラチまで吹っ飛んでいった!! コントロール不能か! これは厳しい!! これは厳しい!!”


「ああっ!!」


 キャロル先輩の悲鳴とイワシ―ミスの名前のアナウンスに思わずモブAの腕を掴む。

 応援席から怒号と悲鳴が上がる。何を言っているのか分からないけれどとにかく良くない感じの雰囲気だ。


「ロイド先輩!!?」

「やりやがった!」


 これはモブAが危惧していた展開!?

 イワシーミスはカーブを曲がり切れずにコースの外側の方へと走っていってしまったようで、角度的にも見えなくなってしまった。


 もしかして失格!?

 ロイド先輩は無事!?!? イワシーミスは??


「ふざけんなよ!! へたくそ!!」

「だから信用できないって言っただろ!!」

「ざまあ見ろ!!そのまま沈め!!!」


 響き渡る怒号と悲鳴、耳をふさぎたくなるような罵声。


「スカイシップー! 来い!来い!!」

「チャンプ粘れ~~~!!」

「ナギサは!? ナギサはこっからだろ!!」


 そして歓声。

 とてもとても心配だけれどまだレースは続行中、誰も止まらない。

 もう流れのままに見るしかできないし、嵐のような熱気の中もういろいろ一杯一杯だ。


 無事で、どうか無事で。

 馬も人も。

 もうそれしか考えられない。

 私は両手を組んで祈る。


 がんばれ、みんな頑張れ!


 

“第4コーナーを曲がり、各馬一斉にラストスパート! 直線勝負!! 先頭! ミホノチャンプに代わってスカイシップ! 後方からぐんぐん足を使ってナギサ! ここで2番人気のナギサが上がってきた! 後続を置き去りにしてごぼう抜き!! これは先頭のスカイシップに迫る勢いだ!”


「よし! 来い!!!」

「ナギサ!」


 モブAが前のめりなって拳を振り上げた。


 ナギサだ!

 ナギサの名前が聞こえたので、私は顔を上げてターフを注視する。

 先頭の葦毛馬に向かって真っ黒な馬がもの凄い速さで迫っていく。


 あれがナギサ!! 


「すごいすごい! すごく速い!」


 遠目で見ても分かる。凄い速さで馬群を切り裂くように走り出てきたのがナギサだ。


「来い!!」

「ナギサー!!」


 私は両手を上げてナギサを応援する。

 ナギサがスカイシップに並んだ途端に、スカイシップもまたぐんと速度を上げて抜かせまいとする。


 ”切れ味が鋭い! ナギサが来た! ナギサが来た!! だがスカイシップも抜かせない!! スカイシップと併せて2頭がぐんぐんと後続を引き離していく! どっちだ!どっちだ!? 先頭スカイシップ! 2番手にナギサ! 離れて3番手ハルホマレ! ハルホマレ届かない! どうやら先頭2頭の争いになりそうだ …っと!?”


 突然アナウンスが困惑の声を上げた。


“おーーーっと、ここで大外から一気にイワシーミス!! まだ生き残っていた!! 一番人気イワシーミスが来た!! 復活!! 混戦!! 混戦になってきた第43回王国杯! 残り100メートル!!”


 オーロラビジョンに一瞬だけロイド先輩とイワシーミスに切り替わった。


「ロイド先輩!!!」


 無事だった!! 良かった! そして失格じゃなかったんだ!!


 私とキャロル先輩はひしっと抱き合ってレースの展開を眺める。

 ターフの内側にはスカイシップとナギサ、少し遅れた三番手に大外の外を走るイワシーミス。


「ナギサ頑張れ!!」

「イワシーミス頑張れ!!」


 ロイド先輩頑張れ!

 頑張れ、頑張れ、みんな頑張れ!!!


 割れるような大歓声の中、目の前のゴールを3頭が並んで駆け抜けていく。


うち、スカイシップ! 中、ナギサ! 大外にイワシーミス! 内中外うちなかそと! 三馬並んでゴール!!! 勝負は首の上げ下げ!!! 内、わずかに有利か!”


 大歓声の中、馬達が次々とゴールを駆け抜けていった馬達がスピードを落としてゆっくりとターフを回る。


「…終わっ、た…??」


 大歓声の中、ぽつりとキャロル先輩がつぶやいた。全身に鳥肌が立っている。

 勝った? 負けた? よくわからない。


「あ~~~~!!! くそっ!!!」


 モブAが声を上げて悔しがっている。…と、いうことは。


「負けた!!!」


 電光掲示板(?)を見ると1位スカイシップ、2位ナギサ、イワシーミス同着、という結果になっていた。勝負は鼻の差だったらしい。


 順位とかはもはやよく分からないけれどもとにかく無事に終わった。


 私は緊張の糸が解けてふにゃふにゃになった。






 ****



 ※逸走(いっそう)

 決められた走路から大きく外れて走ること。

 走路を間違えて走ることなどが多いが、決められたコース内でもコントロールが利かずに外ラチ沿いまで飛んでいくような場合も「逸走」という。




 完全なるウマ回でした!!

 ありがとうございました!!

 名前のモデルになった馬がごりごり出てきます~。

 答え合わせはウマ回ラストの後書きにて!


 ****


 本作を面白いな、続きを読みたいな、と

 思ってくださった方はぜひ、目次の下にある★★★で評価をお願いします!

 執筆の励みにさせていただきます!


 ブクマも評価もたくさん増えるといいな~☆ 

 よろしくお願いします╰(*´︶`*)╯

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