第61話 レース直前


“続いてゼッケン5番ナギサ! 今回は二番人気となっております! 実力は折り紙付き! 新緑樹記念の雪辱を果たしに来ました!! 鋭い差し足で今度こそ王位を掴めるか!?”


 アナウンスの声が聞き覚えのある名前を呼んだ。


「あ! ナギサの名前が呼ばれましたよ!」

「ああ」


 身を乗り出してターフを見下ろせば、新緑の芝生によく映えた黒光りするシャープな馬体が拍手と歓声に迎えられそのまま勢いよくターフを走る。


「あれがナギサちゃんですか?」

「そうだ」

「もう走っちゃうの?」

「あれは返し馬といって、レース前に芝の感触を確かめたり、馬の緊張をほぐしたり、ウオームアップしているんだ」

「なるほど」


 私とキャロル先輩の疑問質問にするすると答えてくれるモブA先生。

 ロイド先輩に頼まれた、ってこともあるかもだけれど、モブAって最初はあんなに面倒くさがっていたのに思いの外面倒見がいいね。厩舎でも使用人の皆さんから好かれていたっぽいし。


 そういえば騎手の人リングベイル家のだと思うんだけれど、先ほど出会った誰でもなかった。


「騎手の人はトビーさんじゃないですね」

「ああ、あれは先に準備に出ていたシロホシだ」


 なんと。まだ他にもいたんだね従業員さん。

 そしてそして、


「これまた縁起が良さそうな名前」

「…気付いたか」


 図星を指されて照れくさいのか珍しくモブAが動揺している。

 ふふふ、なんだか優越感。


「さすがに気付きましたわ、トビー、ラック、テッパン、シロホシさん。みんな競馬っていうかお馬さん関連?で縁起が良さそうなお名前ですね」


 私だってちゃんと観察してるんですよ?

 今日だって遊びに来ただけじゃなくて、一番の目的はキャロル先輩の交友関係をチェックしに来たんだから。チェックはもはやルーティンですよ。


 …なんかもう今日は色々あってそれどころじゃなくなってるけれど。


「親父のポリシーで、そういう名前に巡り会った運を大事にしてるんだ」

「やっぱり! そうだと思いましたわ」


 リングベイル家の使用人がどことなく荒くれ者の集団なのも納得。名前重視なので出自や身分も関係なしで採用!って感じなのね。ある意味身分の差がなくてすばらしいね!


「ナギサは黒いお馬さんなのねぇ」


 キャロル先輩が、走り去る馬達を見ながらつぶやいた。

 そういえばキャロル先輩はロイド先輩のお家に行ってから幾ばくも経たずに例のトラブルに巻き込まれただろうから、こうやってのんびりと馬を眺めたりできていないのではないだろうか。


「キャロル先輩はイワシーミスに会えたんですか?」

「ううん、実は会えていないの。白いお馬さんっていうことは聞いたのだけれど」

「そうだったんですね、わたくしもナギサには会えませんでしたが、他のお馬さんたちがいたのでにんじんとかりんごをあげましたわ」

「そうだったんだ、私はお屋敷についてすぐにドタバタしてしまってお馬さんと触れ合ったりはしていないんだ」


 やっぱり! 先輩方の方もわくわくふれあいランドにはならなかったのね。

 今回のイベント、本当にこれ達成できているのかな、どうなの?


「そうですわ! 私はレースの後にナギサにりんごをあげようと思っているのですけれど、キャロル先輩もご一緒にいかがです?」


 りんご、まだちゃんと残っています。リュックにあと3つくらい。

 レースが終わったらナギサにはちゃんと上手にりんごをあげようと思っている。

 三度目の正直! 今度はバケツ用意してあげるからね! 

 ちらりとモブAを見れば問題ないという感じで頷いている。うむ!


「いいの? 私もりんごをあげたいな。イワシーミスにもあげてもいいかしら? ロイド様からは白い馬って聞いたけれど、そう言えばまだ名前を呼ばれていないみたい」


 キャロル先輩がコースを走る馬たちを眺めて白い馬を探す。

 茶色や黒の馬が多い中、白い馬は少ない。


「呼ばれるのは最後だ。大外18番」


 モブA先生からすぐに答えが返ってきた。

 さすが先生、教えるのが板に付いてきましたね。



「特別出走枠のイワシーミスは他の馬をなるべく邪魔しないようにとの配慮で一番外側からのスタートだ」


 あ、そうなんですね。



“最後は一番人気! ゼッケン18番イワシーミス! 当日乗り代わりのアクシデントがありましたがリングベイル家の秘蔵っ子の参戦により事なきを得ました。英雄ミラージュの愛馬は一体どんな走りを見せてくれるのか!”


 ジャストなタイミングでこのアナウンス。

 今までで一番の拍手と歓声と共に、ロイド先輩とイワシーミスがターフに現れた。

 遠目でよく分からないけれど、白い馬にゼッケン18、ピンクの帽子。


「え…秘蔵っ子って…?」


 なんか今、アナウンスで無茶なことを言われてなかった?

 ロイド先輩、ジョッキーとして馬に乗るのは初めてだって言ってたよね。


 大歓声に後押しされるように、眼下をイワシーミスに乗ったロイド先輩が走り抜けていく。走っている様子を見れば問題なさそうに見えたけれども、横を見ればモブAが軽く頭を抱えていた。


「リップサービスだろ…でもまあ、余計なことは言わずに黙ってろ」

「はい」


 『英雄』の代わりになるくらい際立つキャッチコピーを無理やり付けられた感じがしないでもない。ロイド先輩のことを悪く言うつもりは微塵もないのだけれど、でも…。

 しかたないか、大人の都合って怖いね。


 ゼッケン5番 ナギサ  (黒鹿毛)   赤色の帽子

 ゼッケン18番 イワシーミス (葦毛) ピンクの帽子


 モブAの初心者講習のおかけで覚えました。

 ひとまずこの2頭が判別できればいいと思うけど、遠いし見分けるのが難しい。


 あと目印といえば、ジョッキーの着る派手な勝負服。これはそれぞれ馬主に柄が用意されているのだとか。家紋と同じようなものみたい。

 リングベイル家の勝負服は小豆色に斜めに白のラインで、他の騎手さん達が着ている服に比べるとなんとなく地味で渋い。でもなんとなくモブAの雰囲気には合ってる気がする。

 一方、ロイド先輩のイーズデイル家は今回が初の飛び入り参加なので決まった柄が無く白一色。ズボンも白だし、全身真っ白、馬も白いし逆に目立つかもしれない。


「ナギサとイワシーミス、お父さんが同じとおっしゃっていましたが、あまり似ていませんね」

「本当だ、色も全然違うね」

「そりゃそうだ。母親が違うからな。なんなら父親とも毛色は違う」

「じゃあお母さん似ってことになるのかしら」

「ん~、まあ…うん、いいや…それでいい」


 今までいろいろ教えてくれていたモブA先生がとうとう答えにつまった。

 馬世界にも色々なルールがあってなかなか一言で説明するのは難しいっぽい。


 ところで。


「あの、イワシーミスが一周しそうな勢いで走ってますけれど…」


 あれって大丈夫なの? 他のお馬さん達はもう歩いてるよ??

 めっちゃ元気よく、ぐんぐんグングン走っている。もうコースの向こう正面を回った頃合いだ。


「うーーん…」


 モブAが空を仰ぎ、複雑な顔をしたまま黙ってしまった。

 確かにミラージュ様から『一周走ってこい』と言われていたけれど、他のお馬さんはみんなそんなことをしていないので、あれはいいのかな。このコース広いので本番までに疲れてしまわないかしら。


「まあ、あれも作戦の一つでは…ある」


 自分を納得させているみたいにモブAがつぶやいた。

 あれはモブAにも測りかねるのか。

 まあでも本当はモブAはライバルだもんね、本人がお人好しの良い人なので敵に塩を送りまくっているけれど、本当はアドバイスとかもする義理はないのよね。


 …良い人なんだよなあ、根本的に。


「あ、でもわたくしはナギサを応援いたしますので大丈夫ですよ!」

「ん? そうだな」

「ナギサは黒くてツヤツヤしていてかっこいいですしね」

「そうだろう」


 モブAが自慢げに笑う。

 おお、珍しい。普段は仏頂面なのに笑ったよ。

 でもお世辞ではなくて本当にそう思ったからね!


 馬券に関する注意事項やらなにやらのアナウンスが再度流れて、エンターテインメントはいったん休憩。

 お馬さんたちは揃って一度裏へと戻り、係員たちが出走ゲートの用意をしている。


 気分良さそうに1週してきたイワシーミスとロイド先輩。

 走っている様子を見れば問題なさそうに見えたけれども、どうなんだろう。さっき一度笑顔を見せたっきり、モブAは相変わらずしかめっ面だ。いろいろと心配事が絶えないんだと思う。


 観客席からは誰が勝つ、いや誰が勝つ、と言ったような声で溢れかえっている。イワシーミスやナギサ、ロイド先輩の名前もちらほら聞こえてくるのでそわそわしちゃう。

 天に祈っている人、ギリギリと馬券を握り締めている人、とにかく熱気が凄い。

 あ、ちなみに馬券は買っていませんよ、私たちまだ学生なので。






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