第58話 馬が好きな人たち



「やあ、ロイドの調子はどうかな」

「…ぼちぼちです。形だけはなんとかなりそうです」


 ミラージュ様が回復したことは先に連絡していたので、二人とも驚いた様子はなく、私たちを迎え入れた。

 ディーノさんにいたっては、何度も会釈をしながらも『声の鳥』を数匹同時に相手していて今もなんだか忙しそう。


「最後まで乗っていられそうかい?」

「掴まっているだけなら問題ないかと」

「そうか、なら良かった」


 簡潔に尋ねるミラージュ様とモブA。

 口では是と言いつつもモブAは何だか渋い顔をしている。

 やっぱり難しいのかな。


「一つ聞いてもいいですか?」

「なんだい?」

「失礼を承知で言いますが、なんでアイツが…レース未経験のロイドが乗るんですか? 彼が乗らなくても他にも騎手はいるのでしょう?」


 ずっと思っていた疑問をモブAが口にする。


「ここには競馬のプロがごろごろしているのだし、最終レースで体が空いている騎手だってたくさんいる。なにも付け焼き刃でレース未経験の騎士見習いに重役を任せる必要はないと思います」


 なるほど。たしかに一理ある。

 確かに他に載ってくれる騎手の人がいればロイド先輩が無理に乗る必要はないよね、初心者なんだし危ないし…。


「たとえば、今ロイドの練習に付き合っているラックだってそこそこの騎手です。彼を貸し出すことだって可能です」


 モブAの提案にミラージュ様は目を見開く。

 今の提案は完全に敵に塩を送る100%予定外の善意だ。


「ありがとう。君はとても気持ちのいい青年だね」

「茶化さないでください」


 お礼を口にするミラージュ様にムッとするモブA。


 でも何となく分かるよ、モブA、イーズデイル家の事あんなに怒っていたのに今めっちゃ協力しているもんね。敵だって言ってたのに今だって特訓に協力したりして塩を送りまくっているし。


「茶化してはいないのだけれど…そうだね、普通の騎手ならばそれでいいだろう」


 そうミラージュ様はモブAの提案を半分だけ肯定した。


「でも例えば、君の家の騎手を借りたりしてうちが負けたら? リングベイル家の騎手がわざと負けたと言われないだろうか。逆にもし勝ったら? 君の家からは裏切者と言われるだろう?」

「…ラックを貸すというのは例えばの話です」

「まあそうか。でもきっと他の厩舎の騎手たちも似たり寄ったりだろう?」


 たしかに、皆どこかの家名に所属している騎手たちだ。最終レースの参加する馬を保持していない厩舎だって後ろにはそれぞれの支持者がいる。

 正真正銘、全て公正にまっとうな努力をしてきた人たちだ。


「当家が無理を言って通した今回の件は、当家で始末を付けねばならない」

「…それはつまり体面の問題ですか?」


 歯に衣着せぬ物言いでモブAがさらに追求する。


「そうだね、そうとも言う」


 ぴりつく空気にちょっとだけハラハラする。

 ミラージュ様は笑顔で答えてくれているけれど、モブAは遠慮せずぐいぐい行くってのは行きの馬車でも経験済みだ。


「無理を通した責任は自分で取らないとね。出走経験のない一番人気の馬に当日いきなり乗り変わった騎手に責任のいっぺんでも預けてはいけない」

「……」

「それはイーズデイル家の家訓にも反する」


 大敗したとしてもそれは当家の責任。

 惨敗の汚名もイーズデイル家のもの。

 どれだけの金が動き、どれだけの馬券がチリ屑になっても恨みは全てイーズデイル家で引き受ける。


 英雄ミラージュの代わりになれる一般人などいないのだ。


「それにたくさん心配してくれてありがたいけれど、うちのロイドならたとえ落馬をしたとしてもアッサリと死ぬような育て方はしていないから大丈夫」


 そう言って彼は笑った。

 穏やかな声なのに、なぜか物凄い圧力を感じる。


 名門貴族の中でも実力派イーズデイル家の『騎士の誇り』

 その一端に触れて耳の端がピリピリした。


「……わかりました。そういうことならこれ以上俺から言うことはないです」


 大きく息を吐き、モブAがミラージュ様の言葉を受け入れると、ピリついていた場が一気に緩んだ。


「ありがとう。弟のことをそこまで案じてくれて」


 ミラージュ様、一瞬でさっきまでのゆるゆるな感じに戻った。

 いや、さっきよりもっとにこやかで背中に花まで飛んでいる気さえする。


 英雄こわい。

 私とキャロル先輩はもはや会話の温度差にびびり、一歩下がって目を白黒させるだけの存在となっている。


「あ! それと、悪いがここでのことは内密に頼むよ。英雄ミラージュは怪我などしていないし、当日は私はここに来られなかった、ということにするから」

「分かりました」


 不承不承といった感じではあったがモブAは納得したようだ。


「そうだ、あと一個だけ質問いいですか」

「何だい?」

「無理やり出場をねじ込んだのは何故ですか」


 あー、そこやっぱり聞くんだ。

 モブA的にはその辺どうしても譲れないポイントなのだね。


 でも確かにさっきまでの会話の流れだと他家には絶対に迷惑を掛けないという信条なはずなのにおかしいっちゃ、おかしい。


「それはイワシーミスが群を抜いて凄い馬だからだよ」


 ミラージュ様は両腕を広げて天を仰ぐようにして言い切った。


「私は何頭もの軍馬に跨ったことがあるけれど、あの子は別格だね。まるで羽が生えているみたいに走る。脚のクッションもバネも凄い。それに賢い」


 よくぞ聞いてくれたとばかりにミラージュ様の愛馬自慢がはじまった。


「戦場、市街地、農村、そして競馬場。どこの場所でも馬たちは活躍している。だが、あらゆる馬たちで形成される社会の中でもやはり一番栄誉があるのは競馬場で活躍する馬だろう?」

「それは…まあ、はい」

「イワシーミスはどの環境でも輝けるポテンシャルを持っている」

「…そうですか」


 ミラージュ様の熱量に圧されるようにしてモブAは頷く。


「だが…軍馬というものはいつだって命の危機がある。もちろん私もだけれど」

「……」


 確かにイワシーミスの立場は基本的には軍馬だ。

 いつ何時怪我をするか分からない。


 英雄と呼ばれるミラージュ様だってさっきまで重傷だったのだし、決して言い過ぎではないのだろう。

 それに馬は足を怪我したらダメなんだって聞いたことがあるから、もしかしたら騎士よりも馬の方が現役でいられる時間は短いのかもしれない。


「私はね、あの子を無事に引退させて子孫を残し、余生を悠々自適に過ごさせてやらないと世界の損失かな、って思ったんだ」


 わお、世界の損失とか。

 そこまで言うか、べた褒めじゃないか。

 語彙のチョイスにちょっとだけオタクの私と似たものを感じる。


「だからレースでそれを証明しにきた。軍馬の軍功は馬の世界での評価としては微妙だし、死んでから送り名をもらっても仕方ないだろう? 種牡馬としての評価はまた別だからね。まずはレースに出ないと」


 ニヤリと笑う。イワシーミスの勝利を疑っていない顔だ。

 それにつられてモブAがさっきとはまた違った顔でムスッとする。


「俺はまだイワシーミスの走りを見てないので判断できませんけれど、ナギサの方が強いですから」

「いいね! 君のとこの馬だよね! もちろん評判は聞いているよ。早く生で見たいなぁ!」


 そう言ってミラージュ様は破顔した。

 なんて嫌味の無い100%の肯定。


 この人『も』馬が好きなんだなあ…、となんだか納得した。

 モブAもどうやら完全に毒気を抜かれた様子。


 私たちは元々蚊帳の外でしたね!

 大人しく聞いておりましたがともあれハラハラゾーンは抜けたようで安心しました。


「そうだ、今度少しだけ乗せてくれいないか?」

「レースが終わったら…親父に聞いてみます」

「頼むよ! ありがとう!」


 再び上機嫌になったミラージュ様、ていうかずっと機嫌はよかったね。


 でも…この方さっきまで死にそうだったんですよ? なのにもう馬に乗りたいとか言い出すの?? 体力お化け過ぎない? いやまあ元気になって良かったのだけれどね?


 やっぱりミラージュ様って天然だ。

 モブAともあっという間に仲良くなっちゃった。


 でも不思議とちゃんとロイド先輩のお兄さんって感じするのがまた謎。見た目は全然似てないんだけどね? あ、目の色は同じだ。

 天才肌のちょっと抜けた兄を見て育ったしっかり者の弟って感じ?


「この兄にしてあの弟あり…」


 ぼそっとつぶやいたモブAもなんか似たような結論に至ったらしい。




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