第57話 これが天然
「キャロル嬢、体調は大丈夫かい?」
「はい、もうすっかり良くなりました」
いろいろあって昼ご飯を食べ損ねていたというキャロル先輩とミラージュ様に簡単な軽食を用意して一息ついた頃、ミラージュ様が朗らかに提案した。
「なら陣中見舞いに行こうか」
「??? 見舞い…?」
貴人と繰り広げる優雅な昼食会(私はデザート)の空気を一瞬でたたみ、楽しそうにテーブルの食器を片付けはじめたミラージュ様を私とキャロル先輩がぽかんと見つめる。
どこに? いや誰を?
…むしろお見舞いされるのはあなたでは?
にこやかにハテナを浮かべる私たちに向かって言った。
「ロイドの特訓を見に行こうじゃないか」
ああ!
なるほど。見舞いは見舞いでも陣中見舞い!
たしかにこちらの問題は片付いたけれども、まだロイド先輩の乗り代わりの件が残っている。むしろレース本番だってこれからだ。一息ついた気がしたのだけれど、全然まだまだ半分しか解決していなかった。
「あっ、手伝います!」
「いいよ大丈夫。持てるから」
食器を片付けるのを手伝おうと思ったのだけれど、ミラージュ様は大きなトレイに一度に載せてささっと運んで行ってしまった。
(ていうか、素早い!!)
いやもちろんロイド先輩達の事だって忘れてなんかいなかったし、モブAやラックさんもきっとあちらで大変なんだろうと思っているけれど…それはそれ。
「……」
この方、安静にしてなくて大丈夫なんだろうか。
さっきまでの貴公子然としたたたずまいから一転し、ウキウキとした様子はまるで別人のよう。
キッチンからは先ほど戻って来たイーズデイル家の使用人の方だろう人の「坊ちゃま! 私がやりますので…」という慌てた声が聞こえてくる。
「えっと…」
もちろんロイド先輩の事は心配だし、連絡もないから気になるけれど、ミラージュ様だって心配だ。さっきまで尋常ではないほど真っ白な顔をしていたのだから。
「ミラージュ様は休んでなくて大丈夫なんですか?」
使用人の方に追い返されるようにして応接室へと戻って来たミラージュ様に尋ねる。
「ん? もちろん大丈夫だよ」
「本当に? くらくらしたりしません?」
「もちろん。食事もしたし、体調は万全だ。むしろここに来る前より元気になったくらいさ」
…そりゃあ、もともと大怪我をしていた人からすれば事実その通りなのかもしれないけれど。
「でもあの、私の魔法は失った血や体力は戻らないので…」
私の言葉を引き継いでキャロル先輩が具体的に問題点を上げる。
そう、そうだよね! そういうことですよ! 普通、ご飯食べたってそんなにすぐには血にならないと思うんですよ。
「大丈夫、鍛えているから」
この国の『英雄』は無敵の笑顔でそう言い放った。
うむ! そういう問題ではないのだが、本職の騎士の方にそう言われてしまうとこちらも正直どう返していいか分からないですね!
「……」
「……」
本来は止めるべきなのだろうけれども年齢も家柄も向こうが上なので言いづらい。私とキャロル先輩は本日何度目かのどうする?どうしようの視線の会話をする。
ディーノさんの態度を見る限りミラージュ様には苦言は言ってよい雰囲気ではあったけれど、なんせ初対面だし、距離感もまだよく分からないし、どこまで諫めていいのか謎なんですよね。
「それにせっかく仕事を休んできたのに、寝ているばかりではつまらないからね」
「……」
渋る私たちにミラージュ様は茶目っ気たっぷりに言い放った。
なるほどそうきたか。
うーん、見事な本音です。
でもその気持ち、その理屈、社会人経験のある私にはとってもよく分かっちゃうんだなあ…。私も具合悪くて会社を休んだとしても調子よくなったらネット見たりマンガ読んだりしてたもんね…。
「大丈夫、無茶はしないので」
「…そういうことでしたら…」
キャロル先輩も同じだけの『圧』をきちんと感じたようでしぶしぶと頷いた。
**
「あー、外の空気が美味しい。生きてて良かった」
お屋敷を出た先の森の小道で背を伸ばし、大きく深呼吸するミラージュ様。
まごつく私達を尻目に、彼は使用人の方にお屋敷の留守を任せ、ぽんと出てきてしまった。
えーと…使用人の方めちゃめちゃ動揺していたんですけれど、ごめんなさい名前も知らない使用人の方。私とキャロル先輩にはこの方の行動をくつがえす手段が無いのです…。
なんとなくこの方の言動にはNOと言えない所がある。
なんだろう、悪意も他意もなく、無邪気な感じ?
さっきも血まみれの騎士服から使用人が着るような地味な服に着替えてきて『変装した』と言っていた。
その時も思ったけれど『天然か?』みたいな気持ち。
いやいい意味で。
(そういえば…)
行きの馬車でモブAから話を聞いた話だとこの方の参加自体『上級貴族の娯楽』みたいな印象だったんだけれど、こうして実際に本人を前にしてみると…なんかちょっと変わるね。
「ミラージュ様は以前にもここに来たことがあるんですか?」
森の小道を歩きながら聞いてみる。
こちらに到着したのは今日だというし、地理勘などは大丈夫なのかしら。
今もミラージュ様の向かうがままに歩いているのだけれど、ちゃんと道は合っているのかな~なんて。
ちなみに私だったらこの森で遭難する自信がある。
「何度か来たことはあるよ。出場する方ではなく見る方だけれどね」
「あ、そうなんですね」
「知り合いの馬が出場したりしていてね、あとは純粋に馬が好きでタイミングが合えば普通に見に来たりもする」
なるほど。ミラージュ様も完全な超初心者っていう訳でもなかったのか。
なら大丈夫か。てか完全に初心者ならそもそもレースに出場するだなんて発想にはならないよね。
「ちなみにさっきの彼、リングベイル家の馬のファンでもある」
「そうなんですか!?」
「そう。だから彼に会えたのは素直にうれしいし、今も楽しみにしている」
(へぇぇ…それはまた…)
驚きの追加情報だ。
モブAったらここでもまた人気。というか、この界隈では有名人なんだ。
っていうか英雄にも憧れられているって実はすごいのでは??
上機嫌のミラージュ様から道端に咲く野草などを教わりながら森の小道をてくてくと歩く。
裏の練習馬場、と聞いていたのでお家に備え付けの空き地みたいな物を想像していたのだけれど、どうやらそうではないみたい。
結構遠いし、何だか森が深い。
道の先までぴっちりと閉じた木々はまるで迷路のようで、どんどんと森が暗く静かになっているような感じさえする。
ただ歩いているだけだとまるで森林浴に来たみたいな気持ちになるのだけれど、たまに遠くから歓声のようなものが聞こえてくるのでやっぱり普通の森林公園とは違うのだと分かる。きっと第〇レースとかの勝負がついたんじゃないかな。
「あった、ここだよ」
そう言ってミラージュ様が指示した先には赤い矢印が書かれたプラカード。
うっかりすると見落としてしまいそうなほど細い道があり、私たち三人はゆるやかな下り坂を進む。
目の前のミラージュ様がさっと脇に避けたかと思うと、びっくりするくらい眩しい光に目がくらみ、開けた場所に出た。
「わあ…」
今まで全く見えなかったのに、突然現れた長い直線のコース。
中央にこんもりとした森になっているので、ゆるやかなカーブの先は全く見えなかった。
「広い~…」
感心するほど広い。
よく見たら直線の端がカーブしているので大きな楕円形のコースなのかもしれない。
木でできたラチの内側にはふかふかの砂がたっぷりと敷かれていて本物の競馬場のよう。
森の小道を歩いている時はまさか木々の向こう側にこんなに広大はコースがあるなんて思いもしなかった。
「あ、あそこにいるね」
ミラージュ様の指し示す方向を見ると、ラチの外側に作られた小さな見晴らし台の上でコースを眺めて仁王立ちしているモブAとディーノさんがいた。
二人がこちらに気が付いたので、私は控えめに手を振る。
遠いからって大声を出したらダメなのです。
大きな仕草も突然の動きもダメ。
近づくのはゆっくりと。レース中のお馬さんは特に繊細だからって事前にモブAから厳しく指導を受けました。
ちゃんと覚えて実践しているわたしって偉い。
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